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夢と飛行機と嘘をいくつか

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「素晴らしいお話を聞かせてやったんだから、コーヒー煎れてくれ」
「・・・へーい」
 コーヒーは、ミルク抜き砂糖抜き、ブラックでプレーンな状態で。
 俺とリョウジ君は、それぞれの課題に向き合って、それを啜った。
「なぁ」
 またしばらくしてから俺がそれを訊いたのは、ほんのついでだったと思う。
「俺の生物学的両親って、どんな人達だったんだ?」
 リョウジ君の動きがぴたりと止まったのが不審だった。
「どんな、って?」
「訊き返すなよ。リョウジ君の姉貴はどんな人だったか、って訊いてんの」
 写真は見た事がある。実家の、仏壇がある部屋に飾ってある遺影だ。とても若く、少女と言えるような丸顔が、その中で微笑んでいた。その写真より後のものはないらしい。
「姉貴かぁ。良い人だったよ。色んな人に好かれてて、結構真面目だったし。頭はあんまり良くなかったけど、相応に親孝行だったし、俺も可愛がってくれたし」
「リョウジ君より二歳年上だったんだろ?」
「そうそう。大恋愛して、十七歳でシンを生んだ。もう、渡辺家は大騒ぎ。・・・姉貴は、お前が生まれてから六ヶ月した時に死ぬまで、お前を物凄く可愛がってた」
 俺はくすぐったいような気持ちになって、続けて尋ねた。
「じゃ、父親は?」
 空中を見つめていたリョウジ君は、うっすらと微笑んだ。
「飛行機に乗って北極探検に行く人の説明を、どうすれば良い?」
「普通飛行機で北極には行かねぇだろ」
「あ、やっぱり?」
「どんな人な訳?俺、写真とかも見たことねぇし」
 あぁ、とリョウジ君は、やっぱり笑っていた。
「一言では説明しづらい人。ちょっと事情があって、シンの側にはいられないんだけど。世界の何処かで息子を心配してる・・・かも」
「かも、かよ」
 俺は吹き出し、そして、リョウジ君は何気ない口調で訊いた。
「父親、いた方がいいか?」
 俺は、この質問をどう捉えたんだろうか。リョウジ君は、どんな顔で俺に訊いたんだったろうか。後になっても、俺はどうしてもそれが思い出せなかった。返答は覚えている。
「んー、どっちでもいいわ」
と、俺は言ったのだった。

 悪夢のよう、という言葉は、学生の試験前及び試験期間を形容するのにぴったりだ。
 空は高く、風は凛としていて、草木は艶やかになっていく、他のどんな季節より美しい秋の、すっきり晴れた日が続く日々を、俺は教室に押し込められて過ごしていた。いや、別に試験期間でなくても教室にはいるのだが、気分が違うのだ。天と地ほど。
 火曜から始まり四日間に及ぶ試験は、二日目が終わっていた。ここまではそれなりに順調の筈だ。生物で幾つか勘に頼った部分は最終の実験問題で取り戻せた自信があるし、友人が難しいと嘆いていた数学の三問目については、我ながら鋭い発想だったと思う。
 さっさと帰って、昼寝して、英単語を復習して、地理の一夜漬けをせねば。そう思って秋風に弄られながら歩いていたら、帰り道のファミレスで、何処かで見たような人を見た。
 と、いうかリョウジ君だ。窓際の席に座っている。
 どうして「何処かで見たような人」だと思ったんだろう。リョウジ君なら、ほぼ毎日見ている。最近はリョウジ君の仕事がいつにも増して忙しくて、あの鍋の日以来、朝しか会ってないけど・・・と思いを巡らすうちに、違和感の正体に気付いた。
 リョウジ君は喫煙しているのだ。リョウジ君って、煙草吸う人だったっけ?俺は自分の中のデータフォルダを引っ掻き回す。・・・該当データなし。吸っていたら、匂いで分かる。
 それ以前に、リョウジ君は仕事じゃなかったのか?昼前に、私服で、ファミレスで一服してる勤務医って、おかしくないか?
 立ち止まったまま考えていると、リョウジ君の向かいに誰かが座る。リョウジ君の顔が引き締まった。相手の顔は俺からは見えない。そして、会話が始まったようだ。
 それ程長く見ている訳にもいかず、俺はリョウジ君のアパートに帰る。炊飯器の中に飯があること、夕食にも十分なことを確認して、冷蔵庫を覗き、取り出した野菜を刻んでベーコンと一緒に、味付けしながら炒める。手抜き野菜炒めと飯。差し当たり十分な食料だ。
 静まり返った部屋で、野菜炒めを噛んでいると、先ほどのリョウジ君が気になり始めた。あの表情、何処かで見たんだけど、いつ何処でだっただろう・・・と考えて、思い当たった。患者の具合が悪くなったとか緊急の患者が入ったとかで、病院から呼び出された時の顔だ。いつも同じ顔ではなくて、面倒くさそうな表情で電話をとる時も多いけど、時々する表情。
「臨戦体勢、だ」
 または、戦闘開始。リョウジ君はファミレスで、何と戦い始めていたんだろう。
 俺は、居ても立っても居られない、というのに近い気分になり、残りの昼食をかきこむと、クローゼットを開いた。左半分が俺、右半分がリョウジ君の領域だ。リョウジ君の衣服に顔を近づける。ヤニ臭さは、全くない。
 寝室に行っても、煙草の匂いはしない。ライターとか灰皿のような、喫煙グッズもない。それは、俺が知ってる通りだった。
「何なんだろうなぁ」
 リョウジ君の喫煙を裏付ける証拠物件を探すのを諦め、食器を洗う。変に思った事は、本人に尋ねれば良い。今まで、そうしてきた。
 食器洗いの後、布団に潜り込んで、目覚まし時計を二時間後にセットし、惰眠を貪る。これだけが、哀れな高校生に残された、試験期間の楽しみだ。

「パパ」
 俺が呼びかける。
 その人はくわえ煙草で微笑み、小さな俺を抱き上げる。
 誰が投げたのか分からない紙飛行機は、緩い放物線を描く。
 早すぎず、遅すぎない速度で飛行して、そして・・・。

 ベルが鳴った。強靭なボディを誇る目覚し時計を力任せに叩く。
 またあの場面だった。俺は首を捻る。何とかという精神医学者なら、抑圧された欲求が夢の中で出ているのだと言うかもしれないが、それにしては、妙にリアリティがあった。
 基本的に一日中カーテンは開けないので、寝室は朝だろうが昼だろうが薄暗い。そんな所で夢の復習をするとは妙だと思い苦笑しようとした時、別の記憶が脳裏をよぎった。
 割と最近。年末に、実家の大掃除をした時だ。一息入れている時に、ジュンコさんが小ぶりのダンボール箱を持ってきたのだった。
「押し入れから出てきたのよ」
 中には、大量の写真が入っていた。
「お、シンじゃないか」
 ナベさんが覗き込んで、中の写真を取り出す。
 赤ん坊の時の俺。ニ歳の誕生日でケーキに向かう俺。ナベさんに抱き上げられてる俺。ジュンコさんのスカートの裾を引っ張っている俺。遊園地のお化け屋敷の前で、べそをかいている俺。ランドセル姿も、海パン姿も、新しい物では中学の制服姿もあった。
「この頃は可愛かったのにねぇ」
 ジュンコさんが、三歳頃の写真を見て言った。
「この頃は、って何だよ。は、って」
 俺はむくれて見せたんだと思う。確かに、年齢を重ねる毎に、俺の顔は丸みを失って尖っていってはいる。まぁ、可愛いと言われたい年齢でもないから良いのだが。
「リョウジ君の写真はないわけ?」
 本人は仕事でその場にいなかったから、俺は冷やかしの表情を隠さずに訊いた。
「亮司の?また別に、こんな箱に入れてると思うんだけど」