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夢と飛行機と嘘をいくつか

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「あいよ・・・って、何か微妙に重いんだけど!何入ってんだよこれ」
 ぶつくさ言いながらリョウジ君が買い物袋を持ってこちらへ戻ってくる。
 何って、鍋の具に決まってるだろ。リョウジ君が置いた袋を覗き込んだ。豚肉しゃぶしゃぶ用、えのき茸、白菜、葱、豆腐、くずきり。キムチ鍋の素が入っている辺り、アミさんの趣味だろう。そして、それら鍋セットの下には、ドリンク類少々。重い原因はこれか。ビールとチューハイと烏龍茶の缶がニ本ずつ入っている。
「亮司、鍋とコンロ!」
 申し訳程度の台所で、アミさんが手を洗いながら叫ぶ。
「俺は鍋とコンロじゃねぇよ」
 リョウジ君は笑いながらアミさんのご所望の品をテーブルにセッティングする。良いお婿さんになれそうだね、リョウジ君。
 アミさんがこちらに来て、鍋作りを開始する。野菜をざっくり切って、鍋に水と野菜を入れて、キムチ鍋の素を入れて、少ししたら他の具を・・・。そう難しいものではない。膝立ちで菜ばしを持ったまま、アミさんは俺に笑いかけた。
「シン君、お久しぶり」
 いくら若々しくてもパワフルでも、アミさんは俺より一回り年上で、その分だけ、その眼差しは深い気がして、俺はいつも少し怯む。
「ん?どうした、シン君。お姉さまが気になって口も利けないお年頃かね?」
「兄貴の彼女まで意識しませんって。おかしな目で見たら兄貴に殺されますもん」
 俺は笑う。リョウジ君の知り合いには、俺は弟という事になっている。兄貴、と言う時の一瞬のためらいがばれないように祈った。
 アミさんは豪快に笑って言い放った。
「はは、あたしは年下も大歓迎だよ。ガンガン口説いちゃって。ねぇねぇ亮司、あたしシン君に鞍替えするかも」
 リョウジ君は動じずすまし顔で言う。
「そうなったらアレだな。とりあえずこいつは誰ぞにボコらせて、うちの病院に運び込まれるように手回しして、俺が止めを」
「うわ、陰湿」
 俺が言う。
「仕事増やしてどうすんの」
 アミさんも呆れた口調で言った。
「だよなぁ」
 リョウジ君が妙な詠嘆調で言い出した。
「ただでさえ若くて家が近いからこき使われまくってんのに、更に余計なのが一件増えたら、俺がぶっ倒れるかもしれねぇもんな」
「亮司が過労で倒れたらまた患者が増えるから、それは困る」
 アミさんが、鍋をかき混ぜながら言う。病院や仕事の話をする時、俺は、この二人の仲の良さを見せ付けられている気分になる。不思議な事に惚気を聞かされる時より強く。恋人以上に、同族であり、戦友であるのだと。
「色気ねぇ話でいちゃつくな」
 疎外感を感じている事がばれないように俺が苦笑すると、二人も笑って、アミさんはチューハイ、リョウジ君はビールの缶を開けた。
「アミ、酒少なくないか?金欠?」
「あれ、俺の分は烏龍茶?酒ないんですか?」
 リョウジ君と俺が首を傾げる。アミさんは男二人の背中を順番にばーんばーんと叩いた。
「何言ってるんですか、先生。明日も仕事でしょ。シン君は呑むな。未成年だろうが君は」
 えー。と言う声が揃う。可愛い子供ならまだしも、声変わりも完全に済んだ男二人の声だから、アミさんはケラケラ笑うだけである。
 一人で食べる食事が不味いとは思わないが、やはり誰かと笑いながら食べる食事は美味い。アミさんも小食な人ではないから、鍋はすぐに空になって、しかしその頃には三人とも満腹になっていた。
 後片付けを誰がするかという話になって、じゃんけんに負けたのはリョウジ君だった。
 不平を唱えながら鍋と皿とその他諸々を片付け始めるリョウジ君を面白そうに見ながら、アミさんはハンドバッグに手を伸ばした。
「いい物自慢してあげる!」
 アミさんもチューハイ二本を飲み干した後だから、いつもより多少余計にハイだ。
「自慢なんて要らないんですけど」
 俺がわざと苦い顔をするとアミさんは俺の背中をまた叩く。
「遠慮するなって。ほら見てこれ」
 出てきたのはCDだった。白いジャケットが眩しいそれは、先週発売されたばかりの筈。
 それを知っていたのは、俺自身が少しそのアーティストに注目しているからである。雑誌で読んだところによると、十代から二十代前半にかけては日本で活動していたが売れず、自棄(やけ)くそでアメリカに行って音楽活動をした所、何故か小さくブレイクして日本でも話題になり、数年前に三十才くらいで帰国した日本人男性ロックミュージシャンである。躍動感のある曲が多くて、声も良い。俺はレンタル派なので、まだアルバムは聴いていないが。
「それがどうしたんですか?」
 アミさんは胸を張った。ケースを開けて、カバーと同じ白の歌詞カードを俺に見せる。やや面長だが男前で自信に溢れた男性の写真の隣の、余白が多いページ。
「え、すげぇ!嘘でしょ?」
 そこにはサインがあった。宛名はアミさんで・・・。
「なんでアミさんがMasa(マサ)のサイン持ってるの!」
 アミさんは得意げに笑った。
「病院にいた」
 俺は絶句する。
「ちょっと前にさ、知り合いの見舞いに、こっそり来てたらしいんだよね。で、こっちは勤務終わって私服だったからさ。病院出口で、一般人の振りしてゲット」
 Vサインを作るアミさん。抜け目ないお姉さまだ。
 洗い物が終わったらしいリョウジ君にも声をかける。
「リョウジ君、見ろよ。Masaのサイン入りアルバム!」
 しかし、こちらを向いたリョウジ君は無表情だった。何の感動も興味もないようで、全く感情の動かない目で俺を見て、冷たく言い放った。
「俺、そいつ嫌い」
「・・・あ、そうなんだ」
 俺は少しがっかりする。アミさんが小声で言った。
「ほら、だから亮司には自慢のし甲斐がなかったんだ、あたし」
 お察しします、という同情の視線を送る。そんなに冷めた対応をしなくても良いのに。
 何となくそのネタはそこで終わって、他愛無いお喋りを少しして、アミさんがそろそろ帰ろうかなと言い出したので、リョウジ君と一緒に外に出た。
 星の綺麗な夜で、星に混じって点滅しながら飛行機も飛んでいる。
「あ、飛行機」
 空を見上げて一番に声を上げたのは、リョウジ君だった。
「亮司、ホント好きだよねー、飛行機」
 アミさんが呆れたように言って、それでも夜空を仰いでいる。俺も倣った。
「亮司とシン君ってさ、なんでそんなに飛行機好きな訳?」
 途中から星座を探し始めていたらしいアミさんが、しばらくしてから尋ねた。
「兄貴が好きだったから」
 俺が即答する。
「リョウジ君は?」
 そういえば、長らく一緒に飛行機ファンをやっていたのに、俺もその理由を知らなかったので、興味津々で尋ねる。リョウジ君は上を向いたまま答えた。目はまだ、飛行機が去った方向を追っているのかもしれない。
「飛行機は男のロマンだ」
「却下」
 アミさんがつっこむ。
「その場にいる全員に分かるように説明してください」
 確かに。アミさんはともかく「男」である俺にも分からない。
 リョウジ君は困ったように笑った。