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夢と飛行機と嘘をいくつか

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 リョウジ君が新聞を畳んで席を立った後に言った。
「今夜、遅くなるかも」
「ふーん」
 俺はちらっと視線をリョウジ君にやった。
「彼女とデート?そろそろ、東京いい店やれる店でディナー?」
「馬鹿」
 リョウジ君は淡々とカップと皿を洗いながら返事する。顔色に変化なし。つまらん。
「仕事が長引くか、運が良ければ病院のやつらと呑みだよ」
 リョウジ君は近くの総合病院で外科だか何だかの医者をしている。喋りが上手いし親しみやすい性格なので、友達は多いらしい。あくまで本人談だが。
「夕飯は適当に食え。・・・あ、でも、鍋は食うなよ。明日アミがうち来て鍋やるらしいから」
「え、アミさん来んの?」
「おぅ、明日と明後日が休みらしいからな」
「あ、泊まり?俺邪魔?」
 俺も朝食が終了したので、手だけ合わせて席を立つ。アミさんは、一年くらい前からリョウジ君の彼女をやっている人で、リョウジ君と同じ病院の看護師さんだ。リョウジ君の喋りにも負けない、元気のいいお姉さまである。
「ん、明後日は友達と朝から買い物行くんだってよ」
「うわ、リョウジ君放置されるんだ。さみしー」
「人の心を傷つけるな」
 俺は明日も明後日も仕事だし、と言ってリョウジ君が時計を見上げる。
「おい、シン。七時まで後十分」
 余裕。このアパートから高校までダッシュで七分。今から、歯磨きに二分と洗顔その他に三十秒。鞄を掴んでひたすら走る。朝練集合時間の七時には十分間に合う。
 そんなことは説明しなくてもリョウジ君は知っていて、だから俺は毎日の退屈且つ重要なリズムに身を任せて、洗面所に駆け込んだ。

 部活が終わって少し友達と馬鹿話に興じてから家に帰ると、七時を回る。自分だけになると体が重くて、料理するのも面倒で、俺はコンビニ弁当を開いた。
 遅くなると今朝は言ったけど、リョウジ君が早く帰ってくることなどほとんどない。リョウジ君の借りているアパートは総合病院へも近いから、休日でも夜でも呼び出される。俺は、実家よりリョウジ君のアパートに近い高校に入学して、ついでにリョウジ君の、ダイニングの他に一部屋しかないアパートに転がり込むまで、そんなことは知らなかった。たまに実家に帰ってくるリョウジ君が寝てばかりいるのが不思議だったものだ。寝てなくても模型飛行機作ったり紙飛行機飛ばしたり、小学生みたいな事ばかりしてたけど。
 慣れているので、一人で食べるコンビニ弁当が格別不味いとは思わないが、実家のナベさんとジュンコさんは、今夜は何を食べているのだろうと、ぼんやり思った。
 二人の実の子でなくても、ナベさんもジュンコさんも、実に普通に俺を育ててくれていた。だけど俺は、十才になったあの日が境なのかは分からないけど、ほんの少し、ちょっとくしゃみをしたら吹き飛ぶくらいの遠慮をするようになった。そして、そんな小さな遠慮が積もり積もって何時の間にか俺は、成績優秀、スポーツ万能、人当たりも良くてエネルギッシュな、模範的少年に成長していた。反抗期の反抗さえ、遠慮しているようには見えないように、でも二人を傷つけないように、無意識に計算している自分がいた。
 大学を出て、医師になっていたリョウジ君は、たまに会う俺の様子については何も言わなかったが、ただ、
「俺のアパートの近くの高校、すげぇ頭良いけど、シンなら入れるだろ?入れたら、俺の部屋に住ませてやっても良いぞ」
と言った。まぁ俺ほど頭良くねぇよなぁ、と余計な事も言ったけど。
 結局、俺は、ナベさんとジュンコさんに気を遣わせたくないと自分を誤魔化して、十五年暮らした渡辺家を、高校入学と同時に出た。本当は、大して重くもない、俺が勝手に作った荷物に我慢できなかっただけだったから、あれはひどい嘘だったと、今更思う。
 楽になったかは分からない。模範少年ライフは、癖になって残っている。だけど、リョウジ君のアパートは結構居心地が良い。
 でも、と最近思うのだ。リョウジ君は俺に気を遣ってるのだろうか。俺が楽になった分、リョウジ君は苦しくなったんだろうか、と。
 弁当の容器を袋に入れ、口を縛って、ごみ箱へシュートした。ごみは変な軌道を描いて、結局ごみ箱には入らなかった。
 シャワーを浴びて、洗濯は週末で良いやと呟き、ダイニングで勉強する。適宜、携帯に入ってくる、友達からのメールに返信を打ちながら。高校生というのは基本的に眠い盛りの生き物だから、日付が変わる頃にはもう布団に潜り込んで、渡辺真太郎の一日が終わる。
 リョウジ君が帰ってこないのはいつもの事で、俺も別に待っていたりはしない。
 それでも変な所だけ律儀に、遅くなると言うリョウジ君が、少し可笑しいと思っている。

 その人は煙草を吸っていた。幼い俺の視線では顔が見えなくて、でも何故か、微笑んでいることは分かっていた。俺はその人と一緒に紙飛行機を飛ばしている。そして、俺はその人に呼びかける。俺の人生では有り得るわけのない呼び方で。
「パパ」と。

「でたらめな夢なのか本当の記憶なのか、分かんない事ってある?」
 俺がリョウジ君に訊いたのは、次の日の夕方だった。
 アミが来るから逃げ帰ってきた、呼び出しがかからないように祈っといてくれ、というリョウジ君と、中間試験一週間前で部活が練習原則禁止になった俺は、慌てて部屋を片付けていた。と言っても、ダイニングにあるものを寝室に押し込むだけだけど。俺もリョウジ君も、書き物やら何やらは食事用のちゃぶ台風テーブルでするので、その上や周りには、参考書や医学書が散乱する。
「は?何それ?」
 リョウジ君が、分厚い本を積み上げて、一気に持ち上げながら訊き返した。
「なんかさ、夢見るじゃん。起きた時に、あぁあれは夢だったんだなぁと思うのが普通だと思うんだけど、俺のはたまに、本当にあった記憶な気がして、何か変な感じなんだよね」
 飛行機が出てくる辺り、妙にリアルだ。というか、夢でまで飛行機って、大丈夫か、俺。
「それは本当の記憶なんじゃねぇの?」
 リョウジ君があっさり切り捨てる。
「大体、夢って記憶の繋ぎ変えなんだから、全く関係ねぇもんなんざ、ねぇんだって」
「そんなもんなの?」
 俺は拍子抜けする。数年来の不思議な悩みだったのに。
「そんなもんです。で、何の夢?彼女といちゃこいてる・・・それはないか、シンは」
 リョウジ君は自分で言って自分でニヤニヤしている。いや、そういう夢もあるにはあるが、それは夢だと分かってるんだって!と俺は心の中で叫ぶが、余計馬鹿にされそうだったので、口では違う事を言った。
「わざわざ夢ん中でいちゃついても仕方ねぇだろ。飛行機関連だよ、飛行機」
「本当かぁ?シンはそっち方面飢えてそうなのに。・・・飛行機って、もうそれ、記憶でも夢でも変わりねぇだろ。どっちでも飛ばしてるよ、お前は」
 だよなぁ、と俺も苦笑する。問題なのは、飛行機じゃなくてあの人なんだけど。
 玄関のチャイムが鳴った。ちょうど、話も片付けも終わった所だ。
「来たよー!」
 リョウジ君が玄関を開けると、パワフルにアミさん登場。大きな買い物袋を肩にかけ、同じ手にハンドバッグを持っているようだ。
「ちょっと、亮司(りょうじ)。荷物パス!」