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夢と飛行機と嘘をいくつか

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 現実的な夢、というよりは、現実の夢を見ていた。
 十歳の誕生日の夢だった。
 あの日は秋晴れの土曜日で、当時大学生で一人暮らしをしていたリョウ兄も前の日の夜に帰ってきていて、俺は、父さんの車を運転するリョウ兄の隣に座って、空港にドライブに連れて行って貰っていたのだった。誕生日か、その前後の休日に、リョウ兄と飛行機を見に行って、帰りにリョウ兄の奢りで玩具を買って帰るのは、俺が物心ついてからの恒例行事で、その年も何も不審な点はなかった、と思う。
 リョウ兄は、飛行機が好きだった。空港の近くの、飛んだり降りたりする飛行機がぐんと大きく見える空き地で、ずっと飛行機を眺めているような人で、模型も器用に作ったし、ラジコンを操縦するのも上手だった。俺はリョウ兄に懐いていたから、同じように飛行機が好きになり、好きなだけで機種は全然覚えられないところも、リョウ兄と同じだった。
 あの日も、俺と、多分リョウ兄も、お気に入りの場所で口を馬鹿みたいに空けて、結構うるさい音にもめげずに飛行機を眺めていたのだと思う。
 飽きるまで飛行機を見て、こちらの方向へ来る飛行機が途絶えた時、リョウ兄は、俺を見つめて言った。
「なぁ、シン。すげぇ事言って良いか?」
 リョウ兄は冗談の天才でいつも俺や父さんや母さんを笑わせていたから今度もそれだと思ってリョウ兄の方を向いた俺は、息を呑んだ。
 リョウ兄は、ひどく真面目な顔をしていた。
「すげぇ事って?」
 俺は、一瞬にして緊張していた。これは、何かとんでもないことが起こると思った。そんな俺の様子に、リョウ兄は、らしくない感じで、ふぅっと笑った。
「んな、大した事じゃねぇよ。あのな」
 俺とシン、兄弟じゃねぇんだわ。
 リョウ兄は実に軽くそう言った。
 俺は、意味が分からないと顔全体で主張したんだと思う。リョウ兄はその後、こんな風に説明してくれた。
「シンが父さん母さんって呼んでる人達は、正しく呼ぶならじいさんばあさんだ。俺はあの人達の息子だけど、シンはあの人達の娘の子供なんだよ。シンの母さんは、俺の姉ちゃんなんだけど、その人はシンが生まれてからちょっとして、病気で死んだんだ」
 つまり、シンはタラちゃんで俺はカツオなんだよ、とその頃まで俺が毎週見ていたアニメでも説明してくれた。
 俺は、ぼうっとして、何が何だか分からなかった。なのに、ちゃんとリョウ兄の言っている事を理解しもしていた。びっくりするような知らせは、俺の胃にぼすんと落ちて、形を残したまま消化されているようだった。
「ねぇ」
 質問するまでに、長い長い間があったと思う。
「ん?」
 リョウ兄が、まだちょっと真面目な顔のまま聞き返した。
「俺の、父さんはどうしたの?」
 リョウ兄の動きが一瞬止まった、と思ったが、やっぱりリョウ兄は軽いノリで答えた。
「飛行機に乗って北極行った。今ごろ白熊と相撲でもとってんじゃねぇの?」
 リョウ兄は、もう、くすくす笑ってさえいた。その笑いに俺もつられる。リョウ兄が告白者で俺が聞き手じゃなかったら、もっと深刻になったかもしれないけど、偶然にそれは俺とリョウ兄だから、そんな告白はどうってことないように思わなきゃならないと思った。
 もっと色々なことを訊きたい気がしたけど、その話はそれっきりになって、俺とリョウ兄はまたしばらく飛行機を見た後、玩具屋に寄って家に帰った。家に帰ってからも、ついさっき「両親」から「祖父母」に進化した人達と顔を合わせてからも、全く普通に、例年通りに誕生日を過ごした。
 いや、玩具屋に寄った後、俺はリョウ兄に質問したんだった。
「俺、父さん母さんの事、おじいちゃんおばあちゃんって呼んだほうが良いのかな?」
 リョウ兄は爆笑した。ハンドルにしがみついて笑った。車が蛇行して、俺も笑った。
「やめとけ、二人ともマジで泣くぞ」
「なら、リョウ兄は?おじさんって呼んだ方が良い?」
「却下」
 息絶え絶えにリョウ兄が叫び、その日から、母さんはジュンコさん、父さんはナベさん、そしてリョウ兄はリョウジ君になった。リョウジ君もそれに従って両親を呼ぶようになったが、何故父さんだけが苗字のあだ名なのかは、最初にそう呼んだ俺にも分からない。

「おい、シン。真太郎!」
 夢見心地のまま、何だか気持ちいい世界にワープしていた俺を、その声が引き戻した。まだ意識の半分をあちらの世界に置いたまま返事すると、頭に打撃が降ってくる。目を開けると、異常に厚い英字の本を持ったリョウジ君がいた。というか、マジでそれで叩かれたのか、俺?
「んー?じゃねぇよ。起きろシン。六時半だ」
 六時半。それは部活の朝練に遅刻しない起床時間のデッドライン。俺は跳ね起きた。
 リョウジ君は先ほどの台詞を言い捨て、寝室を出て行っていた。
 着替えの早業は俺の十八番(おはこ)だ。コツは、細かい事を気にしない事。その気になれば、四十秒で、学ランのボタンを全部かけるところまでいける。
「ったくなぁ。お前もう高二だろ?朝くらい起きろよな」
 リョウジ君が、寝室から出てきた俺を見もせず、右手で新聞をめくり、左手でパンケーキとコーヒーを交互に口に運びながら、無表情なのに声だけ呆れた様子で言った。
「高二、だ・か・ら、朝弱いの。年長の方は朝強いんだって」
「誰が年寄りだと」
「だって、最近リョウジ君、目元の皺とか出来始めてるし。お腹も・・・」
 俺は、わざと哀れむような口調を作る。本当は、リョウジ君の目元で目立つのは皺より隈だし、体型は中年太りからは程遠い。でも、これは会話の定石だから。
「俺を捕まえてビール腹と言うとは良い度胸だ。もう起こしてやらんぞ」
「ゴメンナサイもう言いません」
 俺はトーストを焼きつつポットからコーヒーを注ぎながら、リョウジ君と朝のウォーミングアップを行う。脳を完全に起こすにはとにかく喋るのが一番だと、俺を育てた渡辺家の人々は、毎朝実演して俺に教えたし、俺もそれは正しいと思っている。
 焼きあがったトーストとコーヒーを持って、新聞を広げているリョウジ君の向かいに座り、後はひたすら、喋って食べるだけ。
「おい、腹減ってる時にブラックコーヒー飲むと胃潰瘍になるぞ。ミルク入れろミルク」
 顔も上げてないのによく見えたな。
「リョウジ君もブラックだろ」
「俺はプレーンじゃないと嫌だから良いの、俺は!」
「なら俺も」
「何ぱくってんだよ」
「リョウジ君こそ、三十二にもなってそのネタ使いまわすの止めたら?」
 飛行機好きのオヤジギャグ。PLANE(ひこうき)とPLAIN(あっさり)。リョウジ君はずっと昔から、コーヒーはブラックだし紅茶もストレート、パンケーキはもちろんトーストにも何もつけないし、ヨーグルトに砂糖やジャムを混ぜたりもしない。ある意味徹底している。
「そういう事してるから、おっさんって言われるんだぜ」
「誰がおっさんだ、誰が。大体シンも真似してるだろうが」
「俺はまだ高校生のティーンズだから良いの。けどリョウジ君だと洒落になんないって」
 全てが、朝食を噛んで胃に流し込みながらの会話。呑気に会話のみを行う余裕などない。だが、慌ただしい中で、どうしようもなく下らない話をしているこの時間が、俺は好きだ。
「あ、そうそう」