小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

夢と飛行機と嘘をいくつか

INDEX|11ページ/11ページ|

前のページ
 

 だけど、そんな俺の生物学的父親に、リョウジ君はむかっ腹を立てただろうなぁと思う。
「でも、やっぱ、腹立つよな。俺の姉貴と甥をほっぽり出して、自分だけ音楽だか何だかで成功しやがって。養育費くらい、ぼってやれば良かったか」
 やっぱり。俺も苦笑したが、心底、どうでも良かった。そう思えた事が嬉しくもあった。
 そうそう、煙草だ。
「お医者さんになってからは、ってことは、昔は吸ってた訳?」
 指を二本揃えて立て、唇に持って来て見せると、リョウジ君は決まりの悪い顔になった。
「学生ん時はな。・・・未成年の時から吸ってたからさ。内緒だぞ、怖い親と超怖い彼女には」
 案外不良だな、と思いながら俺は納得する。それじゃ、
「俺、リョウジ君をパパって呼んだことある?」
 リョウジ君はぷっと吹き出した。あるある、と言って、続いて爆笑が始まる。
 俺は素直に驚いた。
「え、嘘?何時、何処で、何故に?」
「お前が三歳だかそのくらいの時かな。実家に帰ったときに、ニコチンが欲しくなったんだけど、家ん中では吸えねぇからさ、外に出た訳よ。そしたら、シンとミワちゃんがままごとしてて、それに付き合わされたんだよ」
 ミワちゃんとは、確か近所に住んでいた女の子の筈だ。いつの間にか引っ越していたが、そういえばよくままごとに付き合わされていた気がする。ミワちゃんがママ、俺が子供、そしてパパが・・・。
「あ・・・」
 顔から火が出るという慣用句の意味が、身に沁みて分かった。穴があったら入りたい。
「パパと呼んだから俺が父親かぁ。シンも意外と可愛い所あるな」
 リョウジ君が肘で俺の脇腹をつつく。
「もう、そのままパパって呼ばそうかと思ったけどな。流石にお前が拒否った。チビの分際で俺に、気色悪ぃって言ったんだぞ」
 そうだっけ?と首を捻る俺の傍らで、気持ち悪いほどにやにやしたリョウジ君が独り言のように、でも俺に聞こえるように、何だか懐かしいなぁ、と言う。
「明日、午前中に実家帰って、シンの小さい頃の写真でも見て、ノスタルジーに浸ろうかな。大体全部俺が撮ってるから、凄く可愛く撮れてるんだぞ。もう、俺天才って思ったね」
 リョウジ君は一人でご満悦だったから、俺は成るべくさりげなく聞こえるように尋ねた。
「リョウジ君は、カメラマンだった訳?」
 おうよ、とリョウジ君が大袈裟に胸を張る。三十路過ぎた大人の仕草じゃないぞ、それ。
「というかな、俺がカメラじゃねぇとこっち向かねぇんだよ。やっぱ、ナベさんやジュンコさんの顔は見飽きてるからだったんだろうなぁ。俺が撮る時が、一番良い顔したしな」
 だから、仕方ないからもう、自分が一緒に写るのは諦めた、とリョウジ君は言った。
 これで、数日来の俺の疑惑は完全に払拭されてしまった。元々証拠不十分なのは分かってたけど、ここまで馬鹿馬鹿しいと、逆に清々しい気もする。
 それでも、一応念押ししておいた。
「つーことは、リョウジ君は俺の親じゃないんだな?」
 笑ったままのリョウジ君の顔が、残念ながら、と言っている。
「DNA鑑定でもするか?」
 いや、と却下した。親じゃなくたって、これほど大事にされていて、守られていて、今更俺の種を探って何になる?少なくとも今は、心からどうでもいい。
 そして俺は、今じゃないいつか、あの夜の事を謝ろうとも思った。でも、いつか、だ。今日じゃない。今日は、謝罪には良い日すぎる。そう、こんな日は・・・。
 だから、俺は提案した。
「模型飛行機、買いに行こうぜ」
 一番格好いい機体を選ぼう。それを、一ヶ月くらいかけてチマチマ組み立てるんだ。なんて地味で、心躍る計画だろう。リョウジ君の秘密を俺が共有出来た記念に、その内緒事を両翼に乗せて力強く飛び立てるような、しっかりした機体が良い。
「なら、それ、今年分の誕生日プレゼントな」
 薄暗くなって、飛行機のシルエットが見えづらくなってきている。俺とリョウジ君は、空を仰いで目を細めた。世界各地へ飛び立つ飛行機の、出発の勇姿を見逃さないように。
 リョウジ君は、よいしょと腰を上げた。
「飯は牛丼で良いか」
「ひっでぇ。ついでなんだから、誕生日祝いに良いもん食わせて下さいよ、大先生」
 俺も立ち上がって、車に向かうリョウジ君を追いかける。
「じゃ、アミ誘って居酒屋」
「レベル変わってねぇし。つーか昨夜アミさん家で潰れたくせに、また呑むのかよ」
 二日酔いはどうした。
 笑いながら、俺は、山口真彦さんや渡辺陽子さんとも限らない、俺の頭の中の生物学的両親に、心の中であかんべぇをした。
 残念ながら、結構楽しく生きてるんだよね、俺。
 リョウジ君の車に乗る前に、もう一度飛行機を見ようと空を見上げる。ほとんど濃紺となった空へ、また一機飛び立った。
 その機体に、パパを演じるリョウジ君がくわえ煙草で飛ばす紙飛行機や、休日にリョウジ君がだらだら組み立てる模型の飛行機や、これまでの誕生日祝いにリョウジ君と見た飛行機や、十五歳のリョウジ君が姉の書いた手紙で折った紙飛行機や、その他に俺が知っているあらゆる形の飛行機を重ねる。
 沢山の命を乗せて、ついでに俺とリョウジ君の喜怒哀楽もちょこっと乗せて、鉄の鳥は何でもないように軽々と飛び、当然の如く目的地に降り立つ。人に操縦されているのに、自由な意思を持つように見えるそれに、俺達は多分、一生憧れ続ける。
 リョウジ君が飛行機を好きな理由や、俺の出生にまつわる告白を飛行機を見ながらしようと決めていた心情が、今は少し分かった気がした。
 俺は車に乗ってシートベルトを締める。リョウジ君が車をゆっくり発進させる。
 窓からはほとんど飛行機は見えなかったが、それでも俺は窓の外を眺め続けていた。

 来週、俺は十七歳になり、そして、渡辺陽子に追いつく。