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断頭士と買われた奴隷

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 その瞬間、世界から一切の音が消えたようなそんな静けさに襲われた。
「何をふざけたことを……こんな往来で恥ずかしくないのか」
「ふざけてなどいません。子どもを抱く趣味はないと御主人様は仰いました。私も今年で十六になります。自分はもう子どもではありません。――今なら抱いて頂けるのではありませんか?」
 淡々と告げる彼女の声に俺は立ち竦んでしまう。その口調はいつもの親しげなものではなく、主人に対する畏まったものだった。
 ――俺がアーミラを? 
 日々成長する彼女の中に女を見たことはある。滑らかな銀髪に褐色の肌を美しいと思う事もあった。
「どうなんですか?」
 答えを求めるその声に俺は重い口を開く。
「……確かに成長したお前を美しいと思ったことはある。俺とは色の違うその肌や煌めく髪を美しいとも感じた。だけど――」
 俯き最後の言葉を口にする。
「俺はお前を抱きたくはない」
 顔を上げても逆光になったアーミラの表情は読み取れない。こんな告白をされて一体どう思うのだろう。
「……なんで?」
 小さな、それでいて強い声が俺の耳に届く。理由を説明してと。
「……俺はお前の事を買った十八歳まで一人で暮らしてきた。そんな俺だから今のこの気持ちが正しいかどうかはわからないが」
 言葉を紡ぐうち、心の中にある彼女への想いがどんどん鮮明になってゆく。
「きっとお前が俺の家族だから。奴隷なんかじゃなくて大切な、何よりも大切な妹だからだと思う。妹を、家族を抱けるわけがない」
 口に出して自分でも初めて気付いた。一緒に食事えを取り、一緒に寝て、一緒に笑ったりして。彼女と出会うまで感じたことが無かったから解らなかったこの想い。
 何故この子の事を大切に思っていたのか――それは家族だったからだ。
 陽は沈み、逆光で見えなかったアーミラの表情が明らかになる。
「……!!」
 泣いていた。両眼から大粒の涙をぼろぼろと零し、顔をくしゃくしゃに歪めて泣いていたのだ。
「ごめん、俺はお前の――兄ちゃんなんだ」
 こんな時なんて声をかけたらいいか解らずに、ただ情けなく謝ることしかできなかった。
「うっ……うぇ……ひっ……」
 ただ嗚咽だけが聞こえている。 
 どんな気持ちで泣いているんだろう、どうすれば泣き止んでくれるのだろう。
「どうしたら許して貰えるんだ? 何をしたらお前は泣き止んでくれる?」
 家族を、妹を救いたかった。その為には何でもやる気でいた。
「ち…う……ちが、うの」
「……嬉しいの」
 そう言うとアーミラは涙を拭った。まだ震えている唇から彼女の想いが溢れる。
「小さい頃は何もかも諦めてた。お父さんとお母さんが死んだのも、奴隷になったのも全部運命だって諦めてたの」
 流れ出した川のようにアーミラはどんどんと気持ちを吐き出す。俺はただ黙ってその想いを聞く。
「だから買われた人に尽くして、その人に気に入られて自分の居場所を作ろうって思った。そしたらルージェに買われたの」
「買われたからにはどんな酷いことをされても我慢しよう、そう思ってた。だけどルージェは何もしなくて、初めての夜にはパンとスープをいっぱい食べさせてくれた」
「それからも勉強を教えてくれたり、ガスパドさんの所で働かせて貰ったり。ルージェって呼び捨てにした時も全然怒らなかった」
 小さく震える、妹と呼んだ少女をそっと包むように抱きしめた。胸の中で俺のローブにしがみついて涙を流す、そんな彼女にかけてやる言葉が見つからなくて。唯々頭を撫でてやった。
「ルージェもガスパドさんも大切な家族だって私思ってた。だけど私は奴隷だから、それを口には出せなかった。でも知りたかった。そんな御主人様が、ルージェが私をどう思っているのか」
 だからあんな事を言ったのか。もし俺が抱くと答えていてもきっとコイツは拒否せず抱かれていただろう。そうなってしまったらもう家族ではいられなかった。本来の主人と奴隷の関係だ。
「だから家族だって、妹だって言って貰えて嬉しかった。私だけじゃなかったんだって」
 そこで俺の顔を見上げる。涙でくしゃくしゃになった顔はそれでも綺麗で、何処か可愛くて、少しおかしくて――愛おしかった。
「私はお兄ちゃんが好き。お兄ちゃんと家族になれて良かった」
 完全に日も沈んだ頃にようやく少女は泣き止み、四年間一度も見たことの無いような笑顔で笑った。
作品名:断頭士と買われた奴隷 作家名:大場雪尋