断頭士と買われた奴隷
「なぁガスパド、相談があるんだ」
仕事を終えアーミラが帰り支度の為に居ない隙を狙って話しかけた。こうして相談を持ちかけるのは何回目だろうか。もう既に両手の指では足りない数になるだろう。
「どうしたよ、またあの子か?」
「あぁ。アンタには悪いんだが……アーミラをここで働かせるのはどうかと思うんだ」
「おいおい、いきなりだな。一体何があった?」
「いくら雑用程度しかさせてないとはいえ、ここは子どもの来るような場所じゃないだろう。その……教育上良くないんじゃないかとな」
俺の言葉を口をあんぐりと開けて聞いていたガスパドが、突然大きな声で笑った。
「ガッハッハッハッハ。まさかお前の口からそんな言葉が飛び出すとはなぁ」
「茶化すな。俺だってどうしてこんな風に思うのかが理解できないんだ」
この感情は何なんだろうか。今まで一人で生きてきた中では感じたことのない奇妙な気持ちだった。
「そりゃお前、ただ単純にアーミラが心配なんだろう? 親心ってのとはちょっと違うと思うが、正直お前とあの子の関係は主人と奴隷って感じじゃねぇ。そうだな、多分誰が見たって十中八九兄妹って感じると思うぜ」
「きょうだい、だと?」
この男の口からこんな言葉が出るなど思いも寄らなかった。
「以前のお前はあんまり感情とか出さないタイプだったが、あの子が来てから人間味が出てきたっつーか。いや、悪いことじゃねぇと思うぜ」
そう言って俺の背中をバンバンと強くたたいた。あまりの勢いに咳き込んでしまうが不思議と嫌な気分ではなかった。
「つーわけだが、まぁ確かにここで働かせるのは良くないわな。まぁ元々こっちは俺一人ででも捌けていたからな、アーミラが抜ける分には問題ないぜ。ただな……」
「ただ、何だ?」
「辞めるのならお前も一緒に辞めろ」
「おい、何でそうなる?」
急に真面目な顔で告げられた言葉に思わず聞き返す。今はあの子の話をしているのであって、それが何故俺まで辞める話になるのか。
「当たり前だろうが。アーミラをこんな教育に悪いところから遠ざけようが、兄貴であるお前が断頭士のままとか何の意味も無ぇじゃねぇか。」
「兄貴っておい!」
「心配すんな。辞めた後の仕事は俺が探してやるよ。勿論真っ当な仕事をな」
「だがここより給料が良くて真っ当な仕事なんてあるわけ無いだろう。俺とアーミラ、二人が暮らすんだ。金がいる」
「何言ってんだお前は」
呆れ顔で俺を見るガスパド。
何だ、何かおかしいことを言ったか? とてもじゃないが今のような裏の仕事をしなければ生きていけない。どうやっても金が足りないのだ。
「どういうことだ」
「二人で働きゃいいじゃねえか。勿論二人とも真っ当な仕事だ。今よりは多少収入は減るが、二人合わせりゃ普通に生活できるぜ」
二人で? 確かに俺一人なら無理だが二人となれば話は別だ。十分暮らしていけるだろうが。
「いや、だが……」
「おまたせ」
小屋の奥からアーミラが支度を済ませて現れた。俺とガスパドの間に流れる空気に何かを感じたのか不思議そうにしている。
「どうしたの?」
「おう、お疲れさん。ラーミア、明日から来なくて良いぞ。代わりの仕事はすぐに見つけて紹介してやるから心配すんな」
「勝手に決めるな」
そんな俺の抵抗もこの親父の大きな笑いにかき消されてしまった。
「え、え、どういうこと?」
「妹がこんな野蛮な場所で働いているのがお兄ちゃんは心配なんだとよ」
わけがわからない、と言った顔をしている少女にガスパドはニヤニヤと笑った。
「お兄ちゃんって……ルージェの事?」
「ちっ、いいから帰るぞ」
未だ意味のわかっていないアーミラを小屋の外に叩き出す。
「ルージェ、お前も明日から来なくて良いぞ。安心しろ来週には新しい仕事を紹介してやる」
「勝手に決めやがって」
そう吐き捨てて小屋を後にしようと扉に手をかけたとき、ふと俺はガスパドにこう問いかけた。
「なぁ、ひょっとして俺に仕事を辞めろって言っていた時のアンタもこんな気分だったのか?」
「……一応俺はお前の親父代わりのつもりだったからな。子どもの心配を親がするのは当然だろう」
そう答えるとガスパドは手を振って出て行けと言った。そんなヤツに俺は言葉が出ず、ただ頭を下げて小屋を出た。
作品名:断頭士と買われた奴隷 作家名:大場雪尋