ゼロ
啓示
「樹を」
折れてゆく私の直線をめぐって溶け出す樹々、の泳ぐべき海の直線。泳ぐのは海、ひらくのは海。樹の斜線は海を分解して新しい樹々の斜線を生産する。いくつもの遠さに囲まれながら樹はかわくのをやめない。このかわいた遠さが私と樹とをひとつの空間にまで高める。降り続ける私をはじく樹の円からさらに内側へと下ってゆく化石の円だけが、世界の直線を越え出ている。
「見なさい」
見えるものは次々と見えないものを変換してゆく。見えないものはどこか船に似ていて、船首さえ見つかれば見えるものになる。私はもっとも見えないものであり、見えない茎をつないで見えるものを養っている。見えないものが辺り一面を埋め尽くすときでも、見えるものは私を反射する。見えるものは見えないものの死体として限りなく見えてゆく。
「あなたの」
遠くの火を見つめている、混雑したあなた。あなたは私に混ざり、火の環を重ね、また固めてゆく。私は体に火を埋め込んで、よそよそしく、あなたへと脱皮する。あなたは何色の火として消えてゆくのか。…私はあなたの心臓をいくつも部屋に飾っている。それらの心臓に似合った衣服を、私は私の心臓からはぎ取ってゆく。見つめているあなたの尾の先ではいくつの亜鉛が発火しているのだろう。あなたの髪は亜鉛の繊維であり、心臓は鳥である。
「手は」
手の上に堆積する古い光たちがざわめくのは、樹の光が指先に枝々を映写するからだ。手の現象に半ば接しながら、枝との同一性がさやかに現象する。手は肉を吸い上げ、骨を吸い上げ、はげしい光まで吸い上げた。私は手の重さを知らないし、手の粘性も知らない。だが、手を動かすのに必要な火の色だけは精確に知っている。
「いつも」
あなたは私をいつも音響の点で凌駕する。あなたの手が響くときはいつも、私には船がまとわりついている。時間の転落する音はあなたの水位を高め、私はあなたに葉の苦しみを写像する。…朝が拡大してゆく先ではいつも、私が医者の類を消化している。私は惑星の緑野へと進駐するが、海の粒の侵攻を前にして光りながら潰走する。速度はいつも私をはずれてゆき、毛状の記憶に化合する。
「ぬれている」
ようこそ、とぬれてゆくあなたの矛先。はじめまして、と畳んでゆく私の心音。どちらから、と積み上げるあなたの錯視。とうきょうから、とそそり立つ私の直線。おかけなさい、とたぎってゆくあなたの涙腺。…私はぬれてしまった、もう元には戻れない、束ねられた鳥の心臓が怖い、外部に川を作りたい、内部へと徐々に滲入する惑星の液、そして海の直線。樹の内部に育っている最後の手だけはぬらすまい。