ゼロ
山
死するものの輝きがひとつの歪んだ戦慄のなかで遠景をひろげている、過去から届くさかだつ呼び声は次第に熱化して僕から幽石を焼き切ってしまう、僕は雨の中で生まれたのだろうかあるいは海の中であるいは問うことのできない場所で、尾根をつたう吐息のつめたい流線はひととき裏返ってしずかに鮮燿しはじめる、墜落しはじめる、僕の足裏には一足ごとに人々の深い欲望があつめられ僕はだんだん機械をはらんでゆく、幽石はヒトデの形をして太陽の内皮にふれたのだろうか綿となり心房で散華したのだろうか、「彼女は取り残された夏をあざやかに遺失した」という命題が僕の手の中ではばたきはじめる、岩から岩が生えてくるその生長点には一匹の青虫がいる、岩を砕けば何匹もの蝶が舞い落ちて地に並び一枚岩へと姿を変えるはずだ、あの林が芽吹いた頃の図像はどこに潜んでいるのだろうか蛇の牙の内側だろうか、潅木の内面はわずかに未来へと編入して外面はゆっくりと現在を食んでいる、大樹のまるい幹は淫靡にうちしめりその影はえぐり取った空間を匿そうとしている、木の葉は西風の中で鋭利にゆれていくつもの鎖をつつみこんでいる循環させている、落ちてくる日の塊は水よりも重いだろうか銅よりも熱いだろうか、ほてりは体中にひろがり僕は汗が血潮であることを知る息が振動であることを知る、抽象的な虎がいるような気がする、僕は耳をふさいでみたが次は架空の熊がいるように思えた、誰が人々の指を摘み取ってゆくのだろうか死人だろうか僧侶だろうかそれとも奴婢だろうか、僕は道に沿ってながれてゆくいくつものつめたい手に背を押されながら空を切る手の鳴き声を聞いた、僕は幽石をさがして体内をめぐるが膿んだ膵臓の中に血を吹く雷紋を見ただけだった、僕はやましい星火だった、空が一枚の燃える布であり地球が一滴のこごえる露であるとしたら僕は大気を「原形質」と呼べるだろうか、もはや落ちてくるつぼみはなく倒れてくる光波もない対流する霧の中に僕の記憶はひろがった、知覚は点滅した、羊歯の葉に秘められたささやかな毒が霧分子にさらわれてゆくので僕の眼は毒を乱反射してゆく、ヒトデは青虫を欲望するだろうか抽象的な奴婢は潅木に編入するだろうか雷紋はやましい文字として西風の中で墜落するだろうか、僕は静まった過去の上澄みに砕けた幽石を見たがそこへ至る空間は抜け落ちていて僕は水のない海だ、ふと辺りを見回すと朽葉色の街並みが大地へとめりこんでいる、僕ははじめから街の中にいたのだ。