マ界少年ユーリ!
「それでね、どうにか巣からは逃げ出したというか転落したんだけどさ、落ちた場所が地獄の底まで続いてそうなクレバスでさ、しかもその中には未知の触手が繁殖してて、体の自由は奪われるし消化液で溶かされそうになるし、本当に大変だったんだ。ほら、魔導衣のこことか溶けてるからよく見てよ?」
「知るかボケッ!」
「ついに私の人生もここで終わるんだと思ったとき、謎の人影が触手をバッサバッサ倒して私を救ってくれたんだ。そして、お礼も言う前にその人影は姿を消してしまったんだけど……あの後姿はサルみたいだったんだよね。きっと見間違いだと思うけど」
「そんな眼なんて腐ってしまえ!」
「――で、今に至るわけさ」
一番重要な話が抜けてます!
なんで空から降ってきたのか、それは闇に葬られたのだった。
そんな話に夢中になっていたせいで、二人はヴァッファートが静かに起き上がったことに気づいていなかった。
その鋭い爪は静かに振り下ろされた。
大きく眼を見開いたユーリ。
「そんな……」
ユーリの手は黒い血で濡れていた。
ルーファスは優しく微笑んで、そのままユーリにもたれかかって二人は雪の上に倒れてしまった。
背中を抉る深い傷。
ルーファスはユーリをかばって傷を負ったのだ。
「イヤーーーッ」
ユーリの叫びが木霊した。
大粒の涙を流してユーリは慟哭した。
心の底から震える身体。
瞼の瞑ると浮かび上がる残像。それはルーファスが最期に浮かべた微笑。その微笑にユーリは兄の温もりを重ね合わせた。
マナフレアがユーリを包む。
ゆらりとユーリは立ち上がった。
「許さないんだから、絶対に許さないんだから……」
涙を振り払ったユーリを中心に突風が巻き上がった。
ヴァッファートが牙を見せて口を開いた。
「メギ・ド・ホワイトブレス!」
今までの増して強烈な吹雪を吐いたヴァッファート。それは最上級形の攻撃魔法。
ユーリはそれを向かい討った。
「ラヴソウルヴァニッシュ!」
――憎しみは誰も幸せにできないからね。
聖母の胸に抱かれるような温かな光がすべてを呑み込んだ。
ユーリが放ったのは攻撃魔法レイラではなかった。他を傷つけるものすべてを包み込む優しさ。
そして、ヴァッファートからも怒りが昇華され、柔和な顔つきになった。
「あらぁん、なにがあったのかしらぁん?」
まったく記憶にございません状態。
ユーリの全身からからふっと力が抜け、膝から崩れて雪の上にへたり込んだ。
「……ルーファス……他人を庇って死ぬなんて……バカだよ」
もういくら呼んでもルーファスは帰って……。
「……勝手に殺さないでよ……早く治療してくれないかな……本当に死ぬんだけど」
ルーファスは雪に顔を突っ込んだまま虫の息だった。
「ルーファス生きてたの!」
「だから……早く……治療を……」
ユーリの瞳が輝いた。
「待って、今……ラヴヒール!」
声が木霊しただけだった。
もう一回!
「ラヴヒール!」
声がむなしく木霊しただけだった。
めげずにもう一回!
「ラヴヒール、ピコ・ラヴヒール、ラギ・ラヴヒール、マギ・ラヴヒール、メギ・ラヴヒール!」
し〜ん。
ニッコリ笑顔のユーリちゃん。
「あはは、また魔法使えなくなっちゃった♪」
バタッとルーファスは力尽きた。
さよならルーちゃん、君の勇姿は忘れないからぁ!
このまま放置すると本当にご臨終なので、ヴァッファートが救いの手を差し伸べた。
「そんな傷、ツバでもかけときゃ治るわよぉん」
ドバッとヴァッファートはツバをルーファスに吐きかけた。全身ベトベトです。
しかし、本当に傷口が塞がってるじゃないですかっ!
実は霊竜ヴァッファートの体液には傷を癒す力があるのだ。
ユーリはほっと胸を撫で下ろしながらも、冷淡の顔をしてルーファスの腹を蹴っ飛ばした。
「ほら、傷も治ったんですからさっさと立ってください」
「病人を少しは労わるって気持ちを持とうよ」
「アタシに口答えですか、いいご身分ですね……ヌッコロシますよ?」
「ごめんんさい、すぐに立ち上がります!(怖い、このユーリ怖いよぉ)」
ルーファスはシャキッと立ち上がった。
それとほぼ同時に雪に中から水色の影がムクっと立ち上がった。
「ふにゃ〜、よく寝た(ふにゃふにゃ)」
今頃目覚めたローゼンクロイツだった。
ユーリはローゼンクロイツに抱きつこうと駆け寄った。
そのとき!
「は、は……はくしゅん!(ふにゃ)」
もともと凍った大地なのに、一瞬にしてもっと身も心も凍りついてしまった。
ネコミミ!
ふにふにしっぽ!
にゃんにゃんローゼンクロイツ!
「にゃー!」
〈猫還り〉してしまったローゼンクロイツの体から、ねこしゃんのぬいぐるみが次々と放出される。
ルーファスが叫ぶ。
「あれは〈ねこしゃん大行進〉だ!」
フィーバー状態のねこしゃんは、物にぶつかると『にゃ〜ん』と鳴いて爆発を起こす。つまり、一匹が爆発と連鎖なんかしちゃったりして、あっという間に大惨事。
周りを囲っていた氷の壁が崩壊する。
次々と巻き起こる大爆発。
雪煙が視界を完全に閉ざした。
そして、耳を澄ますと聴こえてくる豪雪が崩れる音。
ユーリの足元が沈んだ。
「あはは、なんかヤバそうですね!」
ドゴゴゴゴゴゴォォォォォ!!
嗚呼、山頂崩壊♪
「大丈夫カ小娘ッ!」
謎の影が土石流に呑まれようとしていたユーリをお姫様抱っこした。
ユーリの瞳に映る黒頭巾。
「セバスちゃん!」
「待タセタナ小娘!」
「来るの遅いシネ!(ありがとうセバスちゃん)」
「……あっ」
なんか素の声が漏れた。
見事に足を踏み外した黒子。
黒子はユーリを安全な場所に投げ飛ばし、自分は雪崩に流されてしまった。
「小娘受ケ取レ!」
ユーリに文明の利器が投げ渡された。
「アタシのケータイ!」
そして、黒子とセバス人形は雪崩の中に消えたのだった。
涙をかみ締めるユーリ。
「……ケータイじゃなくて通帳投げてよ。この役立たず!」
その声はどこまでもどこまでも山脈にやまびこしたのだった。
作品名:マ界少年ユーリ! 作家名:秋月あきら(秋月瑛)