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僕たちは何故かプロレスに憧れた

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「マジで?何だろうメシアのジュニアのベルトかな?」
「いやヘビーのベルトを狙うらしいよ」
「本当に?」
「もし取ったらダブルタイトルマッチになるな」
「でもヘビーのチャンピオンって富士丸選手だろ?」

富士丸選手というのはプロレスリング・メシアで副社長を勤める天才レスラーだ。そんな超一流のレスラーからSASAKIはベルトを奪う事は出来るのだろうか?と僕は心配をしていた。


その18

次の日、僕はCSでプロレス情報番組を見ていた。どうやら富士丸選手が持つベルトへのSASAKIの挑戦が決まったらしい。僕はそのニュースを見ながらワクワクする気持ちを抑えられずにいた。気持ちを抑える為に僕はGDTの練習場に向かった。練習場に着くと榊社長が練習をしていた。僕は挨拶をした。

「お疲れ。折角チャンピオンになったんだから今日くらいは休めよ」
「いやいや」
「SASAKIか?」

僕は無言で頷いた。

「SATOSHI、お前さ、SASAKIとダブルタイトルマッチをする気だろうけどそうスンナリとはいかせないよ」

僕は思わず社長の顔を見た。

「俺だって、ベルト諦めた訳じゃねーから。いや俺だけじゃねーぞHARADAもSUDOもMISAKIも諦めてないし、飯星だって返り咲きを狙ってるしジーノだって狙ってるからな。覚悟しとけよ」
「僕も簡単に開け渡す気無いですから」

榊社長は嬉しそうに笑った。そして僕はウェイトトレーニングを始めた。社長もトレーニングを続けた。僕は「プロレスラーとはこうあるべきだ」という社長からのメッセージを受け取った気がした。そして夜は更けていった。


その19

僕は東京ドームに来た。残念ながらGDTの興行じゃない。勿論野球観戦に来た訳でも無い。今日はプロレスリング・メシアの興行を見に来たのだ。というのもある日GDTの事務所にSASAKIから僕宛に茶封筒が届いた。中にはプロレスリング・メシア東京ドーム大会のチケットしかもスペシャルリングサイド。値段はGDTのチケットの倍はする代物だ。勿論その日のメインはSASAKI対富士丸選手のタイトルマッチ。何も書かれてはいなかったがSASAKIの意気込みと決意を感じた。メシアの東京ドーム興行の日が来るまでに僕は三回の防衛戦を戦ってベルトを必死に守っていた。そして当日。東京ドームに僕は来た。とりあえず僕はバックステージに行ってみた。一度警備員に止められたが「SASAKI選手の友人です」と言ったら通してくれた。メシアのバックステージに入る事に成功した僕は一度お会いした事のある田之上社長へ挨拶に向かった。田之上社長は驚きながらも笑顔で迎えてくれた。

「GDTのSATOSHI君だっけ?一体どうした?」
「今日は勉強させてもらいに来ました」
「SASAKIの招待か」

そう言うと田之上社長は笑った。

「SASAKIらしいな」
「ですね」

僕は苦笑いで返した。

「まあ色々見てってよ」

そう言うと田之上社長は忙しそうにどこかに行った。居心地悪そうに立ち尽くしているとSASAKIがやって来た。実に最悪なタイミングだ。僕達は無言で睨みあった。バックステージに似つかわしくない視殺戦中の僕達にKENTO選手が話しかけてきた。

「宿命のライバル同士で何やってんの?」
「おはようございます」

SASAKIはKENTO選手に挨拶をした。僕は会うのが初めてだったので自己紹介がてら挨拶をした。

「初めましてGDTプロレスリングのSATOSHIと申します」
「知ってるよ」

KENTO選手はニヤリと笑いながら言った。

「いつも見てるけど本当良い試合するよね。ファイトスタイルも個人的には好きだよ」
「ありがとうございます」
「まあ頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」


KENTO選手が立ち去ると入れ替わりで富士丸選手がやってきた。富士丸選手は僕達二人を見るなり近づいて来た。SASAKIが軽く挨拶をしようとするとそれを制するように富士丸選手は口を開いた。

「宿命のライバル?10年越し?幻のカード?なんか色んな因縁とかあるみたいで正直面白そうじゃん。でもな…」

そこまで言うと富士丸選手は僕達を睨んだ。

「お前達の思うようにはさせねーよ!絶対に」

富士丸選手からトップ選手の意地を感じた。僕は嬉しくなった。SASAKIも同じ気持ちらしく笑っていた。一通り挨拶を済ます僕は観客席に向かった。席に着くと横のお客さんが連れの人と「あの人GDTのSATOSHIじゃない?」と話していた。ちょっとだけ下を向くと興行が始まった。興行はスムーズに進んでいった。進行に関する大きなミスは何も起こらなかった。さすがはプロレスリング・メシアといったところだ。そしてメインイベントのSASAKI対富士丸選手のタイトルマッチがやってきた。静まりかえったドーム内にSASAKIの入場テーマが流れる。それを聞いた瞬間僕は鳥肌がたった。そしてSASAKIに嫉妬した。試合は凄かった。それ以外に表現のしようが無いくらい凄かった。SASAKIの勢い、ベルトに賭ける気持ち、持ちうる全ての技術。富士丸選手の懐の深さ、天才的な閃きの動き、抜群のプロレスセンス。全ての要素が入り交じったメインイベントは間違いなく今年のベストバウトだった。そして最後にリングで手を挙げていたのはSASAKIだった。僕は悔しい気持ちを抑えて拍手をした。そんな僕にSASAKIが近づいてくる
。僕の目の前でSASAKIは右手を出した。僕はその右手を力一杯握り返した。僕もSASAKIもチャンピオンになった。そして舞台も整った。場所は年末のGDTの後楽園ホール大会。そしてその日はやってきた。


その20

試合前の控え室にヒロがやってきてくれた。回りの選手は気を利かしたのかそれとも本当に同時に皆の携帯に電話が入ったのかは分からないが皆携帯を片手に持って出ていった。そして控え室には僕とヒロだけになった。

「サトシ。やっとここまで来たな」
「ああ、かなり回り道したけどな」

お互いに感慨深いものがあった。

「10年前覚えている?」
「学生プロレスでSASAKIのベルトに挑戦するって時?」
「うん。あん時さ一所懸命にムーサルトプレスの練習してたじゃん?あれ今日やってみたら?」

ヒロの提案に僕は押し黙った。というのもプロになってから色んな技に挑戦してきた。スープレックス、打撃、関節技、飛び技。正直、大体の技は一通り出来るようになった。その中で僕に合った技を選んできたのだ。そんな僕が唯一出来ない技がムーサルトプレスなのだ。

「ぶっつけ本番は無理だよ」
「でもここで決めたらマツは喜ぶぜ」
「だろうな…」

僕は気の抜けた返事で誤魔化した。

「今日はホールの二階席から応援する事になったから」
「リングサイドじゃないの?」
「チケットが取れなかったんだよ」