僕たちは何故かプロレスに憧れた
そこに榊社長とSUDOさんがやってきた。社長もSUDOさんも「やるしかない」と言っていた。四人の先輩が同じことを言った。内容よりもその気持ちが嬉しかった。色んな人に助けられて活かされて僕は生きている。
その15
タイトルマッチ当日。場所は聖地後楽園ホール。試合の順番は勿論メインイベント。当然のように僕は気合いが入った。試合直前の僕の元に榊社長がやってきた。
「おい!SATOSHI。さっきメシアのSASAKIが挨拶に来たぞ!」
「何でですか?」
「まあ、よく分かんねえがお前の試合を見に来たみたいだぞ」
「試合を?」
僕は何故か分からないが嬉しくなった。その笑顔を見ていた榊社長は「お前の試合を見せてやれ」とエールをくれた。そして僕のテーマ曲が流れた。僕は気合いをい入れて視線の先に見えるリングに向かって行った。僕の入場が終わると飯星さんのテーマ曲が流れた。飯星さんはベルトをアピールしながら入場してきた。僕はその飯星さんをずっと見ていた。飯星さんがリングに入るとレフェリーの増井さんのボディチェックが行われた。僕はその間も飯星さんから目を話さなかった。そして試合開始のゴングが鳴らされた。ゴング直後は僕と飯星さんが睨み合い沈黙が続いた。沈黙を破るように僕は飯星さんにグランドを仕掛けた。地味な基本ムーブの応酬。お客さんも見入っている。二人の動きが止まるとお客さんが拍手をする。それを合図代わりに飯星さんが動き出す。今度は派手なキック合戦。飯星さんのキックを僕は体で受ける。物凄い音がホールに響く。その音にお客さんがどよめく。僕がキックを放つと飯星さんは体で受け止めた。飯星さんのキックに負けず劣らずの音がホールに響く。そしてお客さんがどよめく。そんな展開が続いた。しばらく打撃戦が続いたのち僕は飯星さんのハイキックをモロに食らった。リングに倒れた僕は一旦間を開ける為に場外に逃げた。場外で呼吸を整えているとお客さんが沸く。何事かと思いリングの方を見ると飯星さんはロープワークからこっちに向かって来た。そのままトップロープ越えのトペ・コンヒーロ。僕に飯星さんの体が直撃した。僕はそのまま場外にダウンした。飯星さんはお客さんにアピールをしていた。リングに戻ろうとした飯星さんの足を捕まえ僕は飯星さんを場外に引きずり下ろした。やられっぱなしの借りを返すべく僕はリング下から折り畳み式の机を取り出しその机の上に飯星さんを寝かせた。僕はトップロープに登った。そして僕はトップロープからSUDOさんの得意技であるダイビングダブルニードロップを放った。僕は両膝から飯星さんの体の上に落ちた。飯星さんの下の机は真っ二つに割れた。そして僕は飯星さんをリングに入れてフォール。カウント2。僕は飯星さんを起こして肩に担いでから榊社長の得意技のスピコリドライバーを仕掛けた。飯星さんは肩口からリングにめり込んだ。フォール。カウント2。僕は立ち上がった飯星さんにHARADAさんばりの打撃を撃ち込
んだ。最後にトラースキックを撃ち込んだ。飯星さんはゆっくりと後ろに倒れた。僕はトップロープに登り自分のフィニッシュホールドであるジョン・ミッシェルズ式のダイビングエルボードロップを放った。飯星さんの体がくの字に曲がる。僕はそのままフォールした。増井さんの手がマットを1つ、2つ、3つ叩いた。次の瞬間ホールが沸き上がった。僕はとうとうGDTの無差別級のシングルのベルトを奪取するが出来た。
その16
試合直後飯星さんが僕の腰にベルトを巻いてくれた。振り向き飯星さんに握手を求めると飯星さんは応えてくれた。飯星さんは悔しさと嬉しさが混ざった様な複雑な笑顔をしていた。握手を交わした僕はその手でマイクを手に取った。
「今日はご来場ありがとうございます」
お客さんが大きく沸き上がる。
「ベルトを巻いたばかりで生意気な事言うのもあれなんですが…僕には闘いたい相手がいます。その選手と闘うために僕はプロになりました。正直、プロになるには遅い年齢でした。そんな僕を受け入れてくれたGDTと榊社長に感謝しています。そんなGDTの最高峰のベルトを巻いた今だからこそ僕は闘いたかったその相手を発表します」
お客さんから「誰?」と声が上がる。僕は少し間を開け呼吸を整えた。
「えーその相手はプロレスリング・メシアのSASAKIです!」
お客さんが盛り上がる。
「SASAKI!今日来てんだろ?出て来いよ!」
客席からSASAKIが出てくる。沸き上がるお客さん。SASAKIが花道を通ってリングの前まで来た。
「そこからは入るな!このリングに入る時は闘う時だ。分かるだろ?」
SASAKIはマイクを握った。
「なあSATOSHI。俺らは10年前に闘うはずだっただろ?」
お客さんはキョトンとしていたがSASAKIは構わず続けた。
「そん時からこっちは待たされたままなんだよ!」
SASAKIの感情が爆発した。
「だったらやろうぜSASAKI。そんだけだろ。団体の垣根とかそういった大人の問題はうちの社長とそっちの田之上社長が解決してくれる筈だ。だから面倒な事は考えずに闘おうぜ!」
お客さんが盛り上がる。SASAKIはロープ越しに握手を求めてきた。僕はその手を強く握り返した。こうして僕たちの10年越しのタイトルマッチに向かって止まっていた時計の針が進みだした
その17
控え室に戻った僕はGDTの仲間達にビールで祝福された。榊社長やSUDOさん、HARADAさんには「パクるなよな」と笑いながら怒られ、ジーノさんには「私からも何かパクリなさいよ」と真顔で怒られた。飯星さんには「SATOSHIが相手で良かったよ」と言われた。僕はこんなGDTが大好きだ。だからこそ僕はこの団体のベルトを持ってSASAKIと勝負したい。改めてそう感じた。シャワーを浴び終えて控え室に帰ってきて携帯を見ると着信があった。ヒロからだ。僕は電話を掛けた。
「もしもし。電話くれた?」
「ああ、良かったら祝勝会したいんだけど時間ある?」
「勿論あるよ」
僕は久しぶりにプロになってからは初めて会うことになった。ヒロと会う為に近所の居酒屋に行った。居酒屋に着くと先に着いていたヒロが迎えてくれた。
「座敷で俺の家族が待ってるから」
そう言われ僕は奥の座敷に連れられた。座敷内には初めて見るヒロの奥さんと男の子が二人いた。僕が座敷に入ると二人の男の子は僕に駆け寄って来た。
「僕達ね、おじちゃんの試合見てプロレスラーになるって決めたんだよ!」
「おじちゃん…」
僕はその言葉に引っ掛かったがそれ以外の言葉には感動した。あんなダメだった、人間の底辺にいた僕がこんな小さな子供に感動と夢を与えられる人間になれた。それだけで僕は泣きそうになった。プロレスは素晴らしい。この時ほどそう思った事は無かった。そんな祝勝会はあっというまに過ぎていった。終盤になると子供達は寝てしまいその子供達を連れて奥さんは先に帰った。座敷には僕とヒロの二人だけになった。
「ところでSASAKIがさ「俺もベルトを巻く」ってインタビューで言ってたんだけど」
作品名:僕たちは何故かプロレスに憧れた 作家名:仁志見勇太