僕たちは何故かプロレスに憧れた
「マジで!スゴいじゃん!」
無口でクールなヒロが驚くのを初めて見たような気がした。
「でもチャンピオンってあれだろ?やたらハードヒットで打撃系のSASAKIとかいう奴だろ?」
「そうそうキックが半端ない奴な」
「アイツのキックはすでプロクラスだぜ」
「確かにあのキックは要注意だな」
「あとあのフィニッシュに使うのファイヤーバードスプラッシュも警戒しないとな」
「ああそうだな」
ファイヤーバードスプラッシュというのはトップロープから前方に450°回転して相手をプレスする技だ。
「あと意外にグランドも出来るんだよな」
「そうそう結構地味な動きも得意なんだよな」
「で何?何か新しいフィニッシュホールドを考えたいの?」
そうだ僕がヒロに言いたかったのはタイトルマッチの事だけじゃなかった。タイトルマッチに向けて何か新しいフィニッシュホールドを考えたかった。その為にヒロの知恵を借りたかった。
「何か良い技無いかな?」
「本気でベルト取りに行くなら丸め込み技とかは?」
「渋いな」
「…サトシのスタイルには合わないか」
「それは言えてる。それにお客さんを盛り上げたいから派手な技の方がいいかも」
「なるほどな。サトシもSASAKIも打撃系だからな。意外なとこで飛び技は?」
「飛び技か…」
この瞬間僕の頭には高校生の時にDVDで見た大橋のムーンサルトプレスが浮かんだ。
「良いかもな」
それだけ言うと僕は学食のテーブルから立ち上がった。
その4
学食を出た僕はその足でサークルの部室に向かった。そして僕は同期の斎藤に話しかけた。同期の斎藤はルチャ系のマスクマンでロープの上を走ってドロップキックみたいな恐ろしく難易度の高い飛び技を難なくこなす様な運動神経抜群の奴だ
「斎藤悪いんだけどムーンサルトプレス教えてくんない?」
「良いけどそんな技出来んの?」
「出来ないから頼んでんだよ」
「確かに」
そういうと斎藤は練習着に着替え始めた。僕はそれを見て着替え始めた。着替え終わると二人とも無言で部室を出た。目指す場所は勿論リングだ。リングのある倉庫に着くとまず斎藤はセーフティマットを出してきた。
「とりあえずやってみるからとりあえず見てて」
そういうと斎藤は颯爽とコーナーに掛け上がった。そして綺麗な弧を描いたムーンサルトプレスを披露してくれた。それは到底僕には出来そうもない美しさだった。だからこそ僕はムーンサルトプレスに挑んだ。ムーンサルトプレスという技は今のプロレス界では比較的簡単な飛び技に位置付けられているが見るのとやるのでは大違いである。簡単に説明すると「後ろに飛びながら後ろに回転してダウンしている相手をプレスする」となるがこれが簡単には出来ない。どうやっても回りきれずに頭から落ちてしまう。マットがあるから良いが、もしこれがリングに直接落ちたとしたら大怪我だ。そう思うと怖くて身体が固くなり上手く動けない。そんな悪循環に陥ってしまった。
「やっぱ無理なんじゃない?」
斎藤は遠慮なくそう言い放った。そんな事は僕が一番分かっている。しかしタイトルマッチに向けて何か新しいフィニッシュホールドを考えねばならない。何かアイデアが無いかと斎藤に訪ねたら斎藤は
「ダイビングエルボードロップとかは?」
と言った。悪いアイデアでは無い。僕はその日からダイビングエルボードロップの名手と呼ばれる選手のDVDを漁るように見た。
その5
国内外、団体を問わずに色んな試合のDVDを見た結果、僕はとあるアメプロの選手のダイビングエルボードロップの美しいフォームに憧れた。その選手はジョン・ミッシェルズという名前でアメプロファンなら当然のように知っている選手だ。僕は猛練習を積み重ねどうにかミッシェルズの美しいダイビングエルボードロップのフォームを習得した。気が付いたらタイトルマッチは明日に迫っていた。僕は程よい緊張感と心地良い疲れを感じながら練習場を後にした。大学を出てから帰宅の途中に僕の携帯が鳴った。僕の携帯の着うたは僕の入場曲でもある。この曲を聞くとテンションが上がるのだ。
「マツだ」
携帯の液晶画面を見た僕はそう呟いた。
「もしもし」
「サトシ?久しぶり。元気?」
そんな始まりだったマツとの久しぶりの会話は30分に及んだ。そして僕たちは深夜のファミレスで久しぶりの再開を果たした。久しぶりに見たマツはかなり痩せ細っていた。元々細身なマツが更に細くなっていた。僕はマツの向かいの椅子に座った。
「久し振り。何かレスラーらしい身体になったね」
「まだまだ単なる学生レスラーだよ」
「ヒロに電話で聞いたけど明日ビッグマッチらしいじゃん」
「うん、とうとう連盟のシングルのベルトに挑戦する事になったんだ」
「スゲーな。夢に向かってる感じだな」
「マツのお陰だよ」
「感謝しろよな」
「感謝してるよ」
「棒読みかよ」
僕は軽く笑った。それからみっちり二時間。プロレス談義に花が咲いた。
「ところで明日のタイトルマッチは見に来てくれんの?」
「ああどうにか行けそうだよ」
「未来のスーパースターが誕生する瞬間を見に来なよ」
「楽しみにしてるよ」
そう言ったマツは初めてプロレスのDVDを一緒に見た時と同じ笑顔をした。マツの笑顔を久し振り見た。なんとなく嬉しくなった。僕たちのファミレスでのプロレス談義は終わった。
その6
作品名:僕たちは何故かプロレスに憧れた 作家名:仁志見勇太