旅エッセイー四国2 鳴門、父母が浜、別子銅山、金刀比羅宮
本当に車でも大変な山の奥の山の上、最初は人力で資材を運んだりしたと思うととてつもない労力が必要だ。明治時代は対面の山に鉱山鉄道ができていたらしいが、それ以前は牛車輸送だとか。昔の写真と比べて、策動基地跡や貯鉱庫跡などの建物の、屋根がなくなってレンガの壁がむき出しになっているほうがむしろ廃墟っぽくてかっこいい。といっても今日の天気のせいもあるのか、今はレンガが黒ずんで薄汚れた感がぬぐえないのだが。ただ露出をかなり開いて撮るとレンガの色が明るくなるようだ。
歴史資料館なる建物に入ると昔の銅山や町のジオラマがあったり、当時の写真や民具が展示されていたりする。採れた銅で作られた製品、コーヒーポットやフォンデュ鍋なども展示されていた。新しい銅製品はピッカピカでキレイだがお手入れが大変そうだ。
そんなこんなで帰りもマイクロバスの後ろにくっついて下山。登りの時ほどの緊張感はないが、それなりに対向車は来る。がけ崩れらしき現場も上から見下ろすとけっこうやばい。なんとか無事に新居浜の町に戻り、あとは一路松山へ。
今回は駅近というより駅に直結したホテルだったので駐車場も線路沿いですぐそば。のはずなのにホテルの入り口が分からず通り過ぎる。離れてるわけないのだが、と荷物を持ってうろうろ。実はカフェとコンビニに挟まれたかなり地味で目立たない入り口だった。
夕方少し暗くなった松山の街を散策に出かける。ライトアップされた松山城がすぐそこに見える。前回行ったときリフトで上がったが散歩がてらちょっと登ってみようかと登りかけたものの、ライトアップは城であって城への道ではなかった。真っ暗すぎて何も見えず危ないのでやめて街中にもどる。大街道、銀天街という賑やかなアーケードがあり、ここが松山の繁華街らしい。街灯から下がる釜山行きフェリーが毎日運航、の広告がやたらあると思ったら本当に韓国の人が多い。船で行けば意外と近いようだ。ゲーセンなどもありライトが明るくきれいな商店街。でもちょっと横道に入ると古くてシャッター街っぽい気配も。
さてその夜のホテルは大浴場もあったので食事前、7時頃に楽しみしてに入る。カランは10個ばかりでビジネスホテルにしてはそこそこの広さがある。とはいえ11階まであり客室数も多いので、私が行ったときには数人の客がいて韓国語が飛び交っていた。というか日本語が聞こえない。まあこれ以上混む前に、とさっさと出て、ロビーでウエルカムアイスをいただいていたところ、夫から早く戻って、とのラインが。
部屋に戻ったところ、なんでもシャワーの湯がある瞬間から40度以下で寒くてかなわない、という。フロントに苦情を言ったら1時間前に壊れて今業者を呼んでいるとか。なら早くそれを伝えろ、と夫キレまくり。確かに1時間も前にわかっていたなら入浴をあきらめるという選択もあった。私の場合大浴場はあとは余熱で、となる寸前ぎりぎり間に合ったようだ。業者はなかなか来ない、修理もままならない、という状態が続き、ついに水すら出ない事態に。災害時でもあるまいに、ホテルとして由々しき事態である。うちも苦情を言いまくったが、他の客からも苦情が殺到したことだろう。それにしても本当に困る。トイレにも行けないではないか。部屋を変えてすむ問題でもない。
結局ホテル側が全額返金に応じた。断水は1時間かそこらで復旧したが、給湯設備が復旧したのは日付が変わるころだった。翌日お詫びと返金の件を書いた紙がエレベーターに貼られていた。
これはのちにネットで判明したことだが、このホテル、昨年も同じような給湯設備の不具合を起こしていた。根本的に修繕したほうがいいのではないか。
松山で正岡子規の博物館に立ち寄り、香川方面へ戻る。途中新居浜で四国一安いガソリンスタンドで燃料補給してからうどんやへ。たかがとり天ぶっかけと侮るなかれ、とり天が5,6切れあった。衣カリカリでおいしいが、カロリーオーバーだよねえ。再び高速で琴平へ。ホテルが金刀比羅宮の参道付近だったので、人の多い参道を通って斜面を曲がりくねりかなり複雑な道をやっとたどり着く。
荷物を預け琴平山にある金刀比羅宮へ。この辺り、駅名は琴平、神社は金刀比羅宮、金比羅歌舞伎が上演されたのは金毘羅大芝居金丸座、と字が色々あって難しい。こんぴらの語源はインドの神様クンビーラからきていると聞くが、サンスクリットを音訳して漢字をあてたから色々な字になったのだろうか。ちなみにクンビーラはガンジス川のワニで仏教の守護神、水運の神。
金刀比羅宮由緒によれば初めは大物主(スサノオの息子大国主の和魂)を祀り「琴平神社」。その後本地垂迹説により「金毘羅大権現」と改称。そして明治の神仏分離によってもとの「琴平神社」に戻り、同年宮号を仰せられ「金刀比羅宮」と改称し現在に至るそうだ。
後で調べたところクンビーラの音訳の漢字表記は大物主を祭神とする場合は金比羅、金毘羅大権現を祭神とするところは金毘羅と表記するらしい。複雑。
さて金刀比羅宮本宮までの階段は785段。覚悟を決めて登り始めるが、最初のうちは階段の両脇にお店がたくさんありなかなか楽しい。山形の山寺も登れたのでなんとかなるだろうと思う。山寺の場合は草木が生い茂る自然の中という感じだったが、こちらは大昔から人々の営みがあった地という感じ。
神代の昔、琴平山は瀬戸内海に浮かぶ島で、そこに大物主神が行宮を造られ、その行宮跡に大物主神を奉斎したと伝えられているとか。創建は相当古い。
階段は所々に平らな場所もあるので休み休み登れる感じで思ったほど大変ではない。
神馬舎には真っ白な神馬が二頭いたが、後ろを向いてたりそっぽを向いてなかなかこちらをみてくれない。途中にある旭社の前で道は登りと下りの二手に別れて一方通行になり、最後の石段をあがって大物主神と崇徳天皇が祀られた御本宮に到達。海抜251メートルで琴平の街が見渡せ景色が良い。田畑や住宅の間に低めの山が点在しているし瀬戸内海まではちょっと見通せない。大昔、ここが海だった説はちょっと無理があるのではないかと思えるのだが、点在する山が小さな島だった時代があったのかもしれない。
江戸時代はお伊勢参りのおかげ犬のように、犬が代参するこんぴら狗の風習があったそうで、431段目にこんぴら狗の銅像があったようだが、見落としてしまった。
さらに上1368段目にある奥社はさすがに無理なので諦め、帰路に参拝すべき旭社にお参りし再び神馬のいる馬房を覗くと人が居なくてうまく写真が撮れた。小ぶりなのが月毛の白平号、サラブレッドが芦毛の光驥号だそう。いずれも北海道生まれだそうな。
ところで365段目の大門を抜けると白い傘をさした台で飴を売っているのだが、これは五人百姓という聖域で商売を許可された5軒の飴屋。参道の店でも売っているが「加美代飴」という琴平名物のべっこう飴。付属の小さなハンマーで割ってご利益を分かち合って食べるのだとか。これはけっこうレアなお土産かも。
作品名:旅エッセイー四国2 鳴門、父母が浜、別子銅山、金刀比羅宮 作家名:鈴木りん



