小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Tiptoe

INDEX|6ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「愛着がある家なのに、苦しいね。わたしも親の事情で引っ越した人だから、その気持ちは分かる気がする」
 わたしが言うと、湯河原くんの目がこちらを向いた。
「中等部からだよね。そこで引っ越したの?」
「そう、学校の切れ目で家族ごと大移動した。優先されてるのか、合わせてくれているだけなのか、わけわからん……、なんか分かんない感じになったのは覚えてる。湯河原くんは、今そんな感じはしない?」
 わたしが言い切ると、湯河原くんは回していたペンをメモ用紙の端に当てて試し書きをし、ちょうどインクが切れたことに気づいて、息をついた。
「その優先順の話だと、自分が最後にいるっていう感じはする。このペンみたいに、はっきり役割がなくなってくれればいいんだけど。普通に動いてるものが自分の手から勝手に離れていくっていうのは、辛い感じがする」
 わたしは、まだ湯河原くんの手の中で守られているインク切れのペンを眺めながら、言った。
「その辛さは、分かるかもしれない。わたしが私立に入ったきっかけは、親が相続した遺産だった。それで物事の優先度がガラって変わって、竹井家である以外は、何も分からなくなっちゃったんだ」
 湯河原くんは神妙な顔でうなずいた後、役割を解くようにペンをテーブルの上に置いてから、わたしの方をはっきりと見て、言った。
「遺産なら、運命だよ」
 わたしは、その言葉に目を大きく開いた。運じゃないんだ。一文字加わるだけで、その言葉の意味は全く違う。わたしはずっと、自分の家は運に背中を押されたのだと思ってきた。
「いいな……」
 わたしが呟くように言うと、湯河原くんは口角を上げて笑った。
「竹井さんも、相続したい?」
「遺産? いや、まず遺産がないとダメじゃない?」
 そう言ったとき、わたしがその後に付け足した笑いに湯河原くんの笑い声が乗って、二人で声を合わせて笑ったみたいになった。わたしはお茶をひと口飲むと、コップを手に持ったまま続けた。
「これ、二人ペアでやってもいい課題なんだけどさ」
「竹井さんがいいなら、二人でやる? それなら月曜から始めても余裕な気がする」
 わたしの言葉を引き取って、湯河原くんはあっさりと言った。わたしは早押しクイズのようにさっとうなずいて、同意を示した。
「うん。よろしくお願いします」
 その言葉で、今までテーブルの周りに籠っていた熱量は役割を終えたようにすうっと冷めて、コツコツと鳴る時計の針が戻ってきた。お茶をぐいっと飲み干し、じいやに駅まで送ると提案してもらったけど、それは丁重に断り、わたしは普段歩かない山側の道を歩きながら帰った。寄ったことのない公園とか、電柱の間隔とか。わたしの近所と全く同じに作ろうと思えばできるはずなのに、微妙に違う。遠回りしている内に方向が分からなくなり、わたしはスマホの地図を頼りに歩き続けた。すぐに宇宙船のように光るお店が見えてきて、その看板に見覚えがあったわたしは、足を止めた。
『ワンコイン館』
 近くにあったなんて、全然知らなかった。わたしは自動ドアが開くままに店内に入り、その照明の明るさに目を細めた。眩しいよりも、懐かしいという気持ちが勝つ。雑然としたアイテムが整然と置かれているレイアウトは記憶の通りで、チェーン店である以上は品揃えも共通らしい。カゴを持って店内を見て回っていると、通路の真ん中についさっき記憶に仕込んだばかの後頭部が見えて、わたしは思わずサイドステップで避けた。
 黒いスーツ着てたし、じいやだよね、絶対。テープとか滑り止めのコーナーでしゃがみこんでいるけど、似合わないという感想は置いといて、じいやであることは間違いない。どうして百均にいるんだろう。わたしは日用品のコーナーに紛れ込んで、じいやがいる方向とは反対側に歩き始めた。真っ白な蛍光灯の光に照らされる中で、左側の棚に吊られた商品がふと目に入った。
『当店オリジナル 便利ハンガー これでシャツの首元がダレません!』
 かつて、わたしが見つけたハンガー。これを作ったのは知らない人だし、色んな家庭で使われているだろうから、その家庭には必ずひとりはワンコイン館でこの商品を見つけた人がいて、周りに褒められたことだろう。本当に便利だから。でも、竹井家にとっては、これを見つけたのは間違いなくわたしだ。一本を棚から抜き取ると、わたしはレジに向かって歩き始めた。手も足も、感傷に浸りやすいわたしの頭に合わせて、あのときの高揚感を再現しようとしている。
『お母さん、これでTシャツ干して!』
 そう言って胸を張った、小学生のわたし。Tシャツの首元は今後ダレることはないと確信していたし、その数年後に家族全員がTシャツを着なくなるとは、想像すらしていなかった。
 その思い出を上書きしたかったわけではないけど、ハンガーだけ買うのは勿体ない気がして、レジに直行はしなかった。ワンコイン館と相性のいいわたしの悪い所で、どうしても長居してしまう。気になったアイテムをカゴへ詰め込んで会計を済ませ、自動ドアを抜けようとしたとき、レジを済ませたじいやが出て行くのが見えた。結構大きな袋で、何を買ったのか気になった。
「あ、あの!」
 声を掛けるわけにはいかないと思っていたのに、真逆の言葉が口に出てしまった。
「竹井さま、偶然ですね。お買い物は済みましたか?」
「済みました。あの、何を買ったんですか?」
 わたしが袋を見ながら小声で言うと、じいやは袋を開いた。
「クッションです。ソファの中に組み込もうと思いまして。百円ではありませんでしたが」
「間違えて、壊れてる方に座ってしまったんです。すみませんでした」
「こちらこそ。家具の故障とは、お恥ずかしい限りです。お怪我がなくて、安心しました」
 じいやと話していると、これだけ年が離れているのに、お父さんやお母さんと話しているように会話がポンポン進んで、口調はかしこまっているのによそよそしい感じは全然しない。わたしは頭をぺこぺこ下げて立ち去り、スマホの地図を頼りに家へ帰った。香苗は智香とゲームをしていて、わたしはリュックサックに入れた便利ハンガーを自室に持って上がり、制服を吊っているハンガーの隣にかけた。勲章のように鎮座するパステルピンクのハンガーは、部屋のトーンと全く合っていないし、今にも折れそうな感じで華奢だ。
 部屋着に着替えたわたしは、鏡で自分の顔を見た。生き生きしているように見える。本当に買いたいものを自分の意思で買えたからだろうか。
   
   
 土日は家族と出かけて、月曜日の朝はお父さんがちらりと顔を見ていたから、わたしは多分機嫌が良いように見えたんだと思う。学校に着いて、すでに来ていた飛野がひらひらと手を振ったとき、その表情になぜか悪い予感がした。いつもの身振り手振りが繰り出される中、飛野は言った。
「ゆかりは、ひとりでやりたそうなんだよね。例の課題さ」
 ペアを組んだように見えたけど、魚住は考え直したのかもしれない。確かに協力プレイをするタイプではないし、逆に飛野がひとりで課題に取り組む姿は想像できない。
「ごめん、湯河原くんを手伝うことになっちゃってて……」
作品名:Tiptoe 作家名:オオサカタロウ