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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Tiptoe

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 息継ぎ二回で、どうにか噛まずに言い切った。ランプがふっと消えて、スピーカーの奥でかちゃんと音が鳴った。え、無言で切られた? 
 結構、感じ悪いな。わたしがそう思って地面の砂利を足で転がし始めたとき、馬が駆けているような革靴の音が聞こえてきて、門の奥から白髪頭の男の人が走ってくるのが見えた。わたしは姿勢を正しながら思った。あれが、湯河原くんの言う、じいや? 身長が高くて、姿勢がいい。近づいてくるスピードからすると、足も速い。でも、ひとつ疑問があった。お金持ちの家で『じいや』って呼ばれるような人って、こんなガチで走るんだ?
 じいやは門の前で足を止めると、額の汗を黒いスーツの袖で拭って、息を整えてから言った。
「お嬢様をこんなところに立たせたまま、申し訳ない。駅から連絡いただければ、迎えに伺いましたのに」
 わたしは手をパタパタと横に振った。いやいや、こんなところって。めちゃ立派な玄関だよね。頭を何度も下げて、紙袋を門の隙間に沿わせるように差し出しながら、わたしは言った。
「むしろ急かしてしまったみたいで、申し訳ないです。これ、今日出た課題なんです。自由研究のような内容でして、説明のメモ書きも入れています」
 じいやは受け取ることなく、門の開錠ボタンを押した。門全体が感電したみたいに一度震えると、内側にゆっくりと開き始めた。迎え入れられている。家全体がぐるりとこちらを向いたみたいで、わたしは思わず息を止めた。じいやは客人を迎えるときの手つきで、わたしを中へ招いた。
「ここに来るまでの坂道は、大変でしょう。せっかくいらしたのに、お茶の一杯でもお出しできなければ、私が叱られます」
 わたしは初詣のように門の前で一礼すると、敷地の中へ入った。じいやがときどき振り返って、わたしがついてきていることを確認する姿は、ちょっと猫っぽい。それにしても、あれだけ全力疾走したのに、何でもないような顔ですたすたと歩いている。姿勢もいいし、白髪頭なだけで結構若いのかもしれない。
 少し道がカーブした先には、屋敷といってもいいぐらいに大きな家が建っていて、白い車が一台停まっていた。じいやが玄関のドアを開けて、わたしは案内されるがままに靴を脱いで揃え、スリッパがふかふかで心地よすぎて足から気絶しそうになりながら、ソファがL字型に置かれた応接室のような部屋に通された。壁にかかった大きな時計の秒針が重々しく動いていて、コツコツと時間を刻み続けている。
「呼びますので、手前のソファでお待ちください」
 わたしは飛野のアイドルスマイルを思い出しながら、作り笑顔で『はい』と返し、じいやが見えなくなったときに、間違えて案内された方とは逆のソファに腰を下ろして、頭まで沈みそうになった。座布団のようにどかんと座るものではないらしい。そういう無作法な人間には、足をばたつかせても起き上がれなくなる刑が待っている。
 それにしても、なぜかはわからないけど、どこか不思議な感じがする家だ。わたしはソファのひじ掛けを鷲掴みにしながら、思った。あまり人の家に遊びに行った経験はないけど、それでも湯河原くんの住むこの家は人間全員に対してよそよそしくて、家という感じがしない。悠長にそんな感想を頭に浮かべながら、なんとか足を絨毯の上に戻したとき、学校のジャージ上下を着た湯河原くんが恐縮したように近づいてくるのが見えた。
「ごめん、そっちはスプリングが弱ってて」
 もしかしたら、沈没の初めの方から見られていたのかもしれない。わたしは足を踏ん張りながら、顏が熱いのは全身に力を入れているせいだと自分に言い聞かせて、立ち上がった。
「そうなんだ、わたしがとどめ刺したかも」
 湯河原くんは首を横に振ると、わたしを誘導するように元々じいやが案内した方のソファを指差した。
「そっちは沈まないよ。僕がこっちに座るから」
「沈まないコツあるんだ?」
 わたしがそう言って注目すると、湯河原くんはそのまま座って、わたしと同じように一度頭まで沈み、ひじ掛けを掴んで起き上がりながら言った。
「ないよ」
「平等に沈むんだね」
「僕だけが沈むんじゃないって分かって、それは良かったかな。ここには誰も座らないから」
 じいやがお茶を二杯持って来て、わたしと湯河原くんの前に置いた。頭を下げてお礼を言ったとき、違和感の正体に気づいた。じいやが去っていき、湯河原くんがお茶をひと口飲んでいる間、胸の前に置いたリュックサックから課題を取り出しながら、わたしは頭の中で気づいたことを反芻した。家具や壁にかかった絵、鏡に至るまで、家具のほとんどにシーツがかけられている。他人行儀な感じがしたのは、お披露目前の状態に見えるからだ。人手に渡る前の、薄っすらと隠されて澄ました状態。課題をテーブルの上に置くと、小さく咳ばらいをしてからわたしは言った。
「あなたの町の環境調査。期限は、終業式の一週間前。今回の土日を飛ばすと不利だから、先生は気にしてくれてた」
 湯河原くんは課題のタイトルに目を通しながら、言った。
「それで、持って来てくれたんだ。ありがとう」
「うん、不利だもん」
 わたしはそう言って、胸を張った。湯河原くんは課題の中身に目を通しながら、小さく息をついた。
「環境調査かあ。何を調べたらいいんだろう。排気ガスの測定とかすればいいのかな」
「環境ぽいね。どうやって測定するの?」
 わたしが訊くと、湯河原くんはジャージのポケットからいつも使っている無記名のペンを取り出して、くるくると回した。
「とりあえず色んな場所で、息を吸ってみるかな」
「調査結果が最悪だったら、湯河原くんも体壊すじゃん」
 わたしが言うと、湯河原くんは笑った。
「僕が提出するときに顔が青かったら、説明の手間が省けていいかもしれない」
 それを聞いたとき、わたしはしまったと思った。体調の心配をするのを忘れていた。ただ、こうやって話していると、特に体調不良には見えない。
「体調は大丈夫?」
「うん。体調はいいんだけどね」
 わたしは湯河原くんの歯切れの悪い口調を耳にするのと同時に、頭にあの言葉を思い浮かべた。『一生に一回のこと』
「そっか、あるよねそういうとき」
 そう言うと、湯河原くんはうなずきながら目を伏せた。
「本当は、病欠でしか休みたくないんだけど。親は今日から海外に出てるし、ちょうどいいかなと思って」
 わたしが相槌を打つより前に、湯河原くんは顔を上げた。
「シーツかけられてて、変な感じでしょ。この家は、もう湯河原家のものじゃないんだ」
「どういうこと?」
 わたしは声を落とした。何となく、家自体に聞かれてはならないような気がする。
「二年前からそういう話が出ていたんだけどね。昨日、正式に売り渡されることが決まった。二ヶ月ぐらいで新しいオーナーがやってくる」
 湯河原くんはそう言うと、自分の説明不足を詫びるように手を顔の前で振った。
「ホームレスになるわけじゃないよ。新しい家は決まってるし、転校もしない。じいやもセット」
 最後に付け加えられたじいやが面白くて少し笑いそうになったけど、わたしは真顔を保ったまま言った。
「それは分かってるけど……。生まれた家だよね?」
「うん、それはそうだね」
作品名:Tiptoe 作家名:オオサカタロウ