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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Ink

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 だから当日、矢野が持っていた原稿は出番直前に行方不明になった。大勢が集まる中で、矢野は途中までなんとか役割を果たしたが、一度緊張の糸が切れてからは言葉が出てこなくなり、最終的に『なぜか原稿のコピーを持って代打として構えていた』木下の取り巻きである川井が、咄嗟に入れ替わって場を救った。
 矢野は文化祭の後のホームルームで小泉に『原稿の管理すらできないなら、初めからやるなよ』と言われて、殴りかかった。今思えば、ひょろりとした見た目の割りに力は結構強かった。その記憶は、十五年越しに事件と結びついている。矢野は三人を刺し殺した後、さらにもうひとりを刺して腰から下の機能を永遠に奪った。
 重症だが一命を取りとめた四人目。それは、木下好美だ。警察に矢野は『知らない人間を刺した』と供述している。卒業後の動きは全く知らなかったが、同じクラスにいた矢野が気づかないとは思えない。木下はインスタやXで自分の生活を積極的に発信していたから、関心がある人間からすれば行動は筒抜けだった。発信されている内容から読み取れる聖人ぶりは、よくここまで過去を捨てられるなと感心する。もし矢野が、そういった情報から木下の行動パターンを把握していたとしたら、それは通り魔ではなく怨恨だ。週刊詩は裁判を待つことなく、そこを掘り下げている。
 約束の時間の十分前になったとき、入口のドアが開いて少し猫背気味の若い女が入ってきて、おれはひと目で自分が待っていた『記者』であることを理解し、手を上げた。電話で名乗ったところによると、週刊報道ジャーナルの細野。その見た目と名前のイメージは、電話でのか細い声のトーンと奇妙に一致している。
「すみません、お待たせしてしまいました」
 細野が頭を下げながら席の前まで来たところで、おれは立ち上がって頭を下げた。
「いえいえ、こちらが早く着きすぎまして」
 細野はおれの言葉をお辞儀で受け止めてから、名刺を差し出した。
「電話でも会話させていただきましたが、改めて。わたくし、週刊報道ジャーナルからの委託で取材活動をしております、メディアフロンティアの細野咲子と申します」
 おれは立ち上がって名刺を受け取り、会社名に視線を向けた。確かに『メディアフロンティア』と書いてある。よく覚えていないが、早瀬がそんなことを言っていたような気もする。横文字の会社で、本体ではないと。そこまで考えたとき、不自然な間を自分が作り出していることに気づいて、おれは頭を下げた。
「すみません、座りましょうか」
 後ろから店員さんがおしぼりとお冷を運んできて、メニューを開くところだった細野は、真後ろから差し出された手に首をすくめた。店員さんが『失礼しました』と連呼しながら恐縮する中、細野はホットコーヒーを注文してメニューを手渡した。おれはすでにテーブルの上に用意していた卒業アルバムを再度開き、三年二組の面々が写るページで止めた。そして、ホットコーヒーが運ばれてきたタイミングで言った。
「始めちゃいますか?」
「はい、お願いします。すみませんが、録音させてもらって構いませんか」
 そう言って細野がタブレットとICレコーダーを取り出すのと同時に、おれはうなずいた。
「どうぞ」
 細野はICレコーダーのスイッチを入れてテーブルの上に置くと、咳ばらいをしてから話し始めた。
「本日は、お忙しい中お時間を割いていただき、ありがとうございます。事件名は、噴水広場四人殺傷事件。実行犯の矢野政人は現行犯逮捕されていますので、このやり取りの中では犯人と呼びます。この取材で焦点を当てたいのは、犯人の学生時代の様子についてです」
 仕事に切り替わったときの滑舌は、生まれ変わったようにはきはきとしていた。おれは、細野が先を続けるのを待ちながら、その姿格好を観察した。髪型は淡い茶髪のハーフアップで、耳が隠れる長さ。眼鏡は古風なシルバーのフレームで、かなり重そうに見える。ベージュのコートは無理をすれば秋から春まで着られる厚手のもの。どこでも売っていそうな量産品の黒いカーディガンに、紺色のスラックス。全体的に細身で危なっかしい印象を与えるし、音に敏感なのか、カップがぶつかる音を聞く度に緊張が走っているように見える。
 不意に顔を上げた細野と目が合い、おれは咄嗟に視線をアルバムに落とした。
「いやー、目立たない生徒というか。あ、これって、僕が相槌打ってしまっていいんですか?」
「はい、後で書き起こしますので。自由にお話し頂いて大丈夫です」
 細野はそう言うと、口角を上げた。おれは、その自信に満ちた表情に気圧されながらうなずいた。それほど年は離れていないように見えるが、最初の頼りなさそうな印象は取材という分野に入った途端、雲散している。アルバムを指差すと、おれは続けた。
「結局ね、二学期の途中で辞めちゃったんですよ。写真だとみんな笑ってるけどね。最悪のクラスでした」
 途中で切り出そうと思っていたことは、最初に飛び出した。実際、その通りだった。どれだけ距離を置いても、同じ教室という壁からは抜け出せない。細野は神妙な顔でうなずくと、言った。
「お話しすることは、ありましたか?」
「グループ学習で組んだことはあります。心ここにあらずというか。僕もクラスの人間とは距離を置いてたので、話は続かなかったです。早瀬とも話したんですよね?」
「独自路線を出すために、中学校時代の知り合いも辿りました。それが早瀬さんでして、高校に結びついて、小泉さん、浅尾さんと順にお話を聞かせていただいている次第です」
 細野はすらすらと言うと、言葉を切った。おれは早瀬から聞いた中学校時代の矢野のエピソードを思い出しながら、言った。
「学童にも出入りしてて面倒見が良かったと。早瀬から聞いたんですけど、そう言ってましたか?」
「はい、それは伺いました。あと、これは早瀬さんから聞いた話ではないですが、ルールを守らない子供には容赦がなく、行き過ぎることもあったというのも、あるようです」
「それは、暴力という意味ですか?」
 おれが語尾を補足すると、細野はハーフアップの髪に触れて、後ろに流した。それまで隠れていた左耳が隙間から見えて、おれは目線を逸らせた。細野の左耳は、耳たぶから外周にかけて酷い火傷の痕があった。
「犯人が出入りしていた頃、行方不明になった生徒がいまして。こちらは勝手なことは書けないのですが」
 細野はタブレット上で開いた取材メモを操作すると、少しだけ好奇心の覗く目で画面を見つめながら言った。おれは目を逸らせた。こういう野次馬根性に引っかかったら、最悪だ。細野は見た目こそ無害そうに見えるが、やはり根っこは記者なのだろう。
「矢野が殺したと? それは飛躍してますね。でも今書いたら、それが本当ってことになっちゃいそうですね」
 おれが冗談めかして言うと、細野は自分の職業倫理を問われたように、気まずそうな表情で首をすくめた。そのまま勢いを失ってしまうのは可哀想な気がして、おれは続けた。
「高校は……、あいつがどんな事情で転校してきたのかは知りませんけど、三年二組は転校前より悪かったんじゃないかな。あの一年間を楽しかったなんて言える奴、いないですよ。その辺の話、小泉から聞いてないですか?」
作品名:Ink 作家名:オオサカタロウ