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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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キリマンジャロへ愛を届けて

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根負けした両親は、僕が登山部に入る時も、アルバイトを始めた時も何も言わなかった。冷凍庫に居るシロを僕のアパートへ運ぶのに、車も出してくれた。

「シロ。新しい冷凍庫、どう?」

「何も入ってないから、匂いがなくてさびしいかも」

「じゃあアイスでも入れよう」

「それは有難い。もし君の好きなニューヨークチーズケーキアイスなら、少し齧っておくよ」

「お腹空かないのに?」

「バレたか」

シロはユーモラスで、僕が高校生になってからはいつも「気になるあの子なんてのは居ないのかい?もっとも、君が女の子の扱いを心得ているとも思えないけど」なんて茶化した。だから僕も気軽に返事が出来た。〝冷凍庫はさみしい?〟なんて、シロに聞かずに済んだ。



大学二年で出会った女の子に、僕は案の定フラれてしまった。今から考えると、恋に慣れてないだけなのに。

その日家に帰っても、僕は冷凍庫をなかなか開けなかった。寝る前に電気を消してから、シロに話し掛けていなかったのが胸を責めて仕方なかった。大きく溜息を吐き、笑顔になんてなれないのに冷凍庫を開ける。

「やあ。ハートブレイクな夜に冷気なんて浴びるもんじゃないよ」

驚いたのは、いつも通りの慰めが返ってきたからだけじゃない。僕が大人になってもシロが変わらないだろうと、僕に解ったんだ。

僕は一瞬怯えた。雪だるまと孤独に過ごす人生なのかと。でも、それでも僕はいい。シロが大好きだもの。

〝でもシロもそれでいいのか?〟

そんな胸の囁きがその日はいつもより辛かった。

「シロ…」

「また明日お開け。僕は待っているから」

何も言えず冷凍庫を閉めた。



大学三年の秋、僕は旅に出た。あらかじめ全ての辻褄を合わせて、旅行の間大学には行かずに済むようにした。

資金は僕のアルバイト代。何より大事なのは、シロを梱包出来る保冷バッグと、現地までシロを運ぶ船便だった。それから僕が往復出来る旅行代、ホテル代。最後に、キリマンジャロ登頂までのキャンプスタッフへ払うお礼だ。

僕は知っていた。シロは冷凍庫に不満なんか無い。外へ出たら溶けてしまう恐怖が勝るからだ。高い山なんて登ったら僕にも会えなくなる。それに怯えてシロが僕に冗談を言うのだとも、もう気付いていた。

でも、別れや死への恐怖だけで生きるなんて、僕はシロにはして欲しくない。自由な世界を見て欲しい。自分で行けないなら、僕が連れて行く。



透は僕を冷凍庫から出す時に、自分から「お別れしに行くんじゃないんだから」と言って泣いた。そして僕をバッグに入れて、笑って閉じた。

真っ暗な保冷バッグの中は、透の家にある冷凍庫の中のようだった。長い間、時たま揺れを感じるだけで僕は眠っていた。透と話した時の夢を見た。

「やめた方がいいんじゃないのかい、危ないよ」と僕が言っても、透は子供の頃のように尻込みしたりしなかった。

〝もう決めちゃったし、お金だってそこそこ貯まってるんだ。これを今さら遣う彼女も居ないんだよ〟

そう嘯く透は、すっかり僕に似たなと思った。



突然地面が大きく揺れ、僕は倒れそうになりながら起きた。でも大丈夫だ。透が詰めてくれたクッションがある。

なんとか心を落ち着かせようとしても、クーラーバッグは揺れ続ける。心配だから透に声を掛けたけど、気密性が高くて透には届かない。

不安だった。怖かった。透がどうしているのか分からない。でも僕は何かに小さく突っかかり続けるように、揺れていた。それは、透が肩へクーラーバッグを背負って僕を腰で揺らしているのだろう。彼は今、山を登っているのだろう。



数日間バッグは開かず、透は見えなかったけど僕は待った。しばらく揺れなかった時もあった。でもまた動き出した。

〝どうしてこんなに長い道を、雪だるまの為に…そんなに大切に思ってくれていたのか…〟

暖かいのか寂しいのか解らない。今から泣いたらもったいないのに、もう泣きそうだ。