GOLD
第三章
1 達夫の晩年
川霧は、年寄りに優しい。
輪郭をぼかし、失敗も、過去も、少しだけ曖昧にしてくれる。
達夫は川原に立ち、つるはしを地面に突き立てた。
背中は丸く、腰は固い。
だが手だけは、まだ正確だった。
「……今日も重いな」
つるはしを振り下ろす。
土に当たる感触で、石か砂かが分かる。
二十年やっても、金塊はほとんど出なかったが、
この感覚だけは、裏切らなかった。
「おーい、じいさん、今日も掘ってんのか」
散歩中の老人が声をかける。
達夫は手を止めず、片手を上げた。
「掘らないと、寝れなくてな」
「何が出るんだ?」
「腰痛」
老人は笑い、去っていった。
達夫は、もう金を探していない。
いや、探してはいる。
だが「当てよう」とはしていない。
掘る理由が、変わった。
⸻
2 オーストラリアからの手紙
ある日、ポストに一通の封筒が入っていた。
海外の消印。
中には、拙い日本語で書かれた手紙と、写真が一枚。
――赤い大地。
――少年と、少し成長した青年。
差出人は、山ちゃんだった。
《達夫さん
あの時、あなたがくれた言葉
今も楽しい夢を掘ってます
今度、会いに行っていいですか》
達夫は、手紙をたたみ、ポケットに入れた。
「……名前、まだ覚えてやがる」
⸻
秋。
達夫は、川原で倒れた。
救急車の中で、天井を見つめながら思った。
「……やっと来たか」
病室は白く、音が少ない。
医者は、静かに言った。
「もう、重労働は無理です」
「掘るのは?」
「無理です」
達夫は、何も言わなかった。
⸻
退院の日。
達夫は、川原に行った。
掘らない。
ただ、道具を洗う。
つるはし。
スコップ。
パンニング皿。
すべてに、傷がある。
「……よくやったな」
誰もいない川原で、達夫は道具に話しかけた。
⸻



