悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)
■実家に滞在した6日間
初のキャンピングカーでの久し振りの帰省だったことで、色々なことがあり、その全てが楽しく、良い日々を過ごすことができた。
家族絡みでは先ず、年老いた両親がじっくりと見て触った初めてのキャンピングカーの感想を聞いたところ、最初の一声は「大きいね!」、乗ってからは「普通にリビングルームだね!」、そして「何もかもあるので、生活ができるね!」、最後に「運転は難しくないの?」と。
そして、二人にはダイネットのテーブルを挟んだソファーに座ってもらい、自宅周辺をドライブした。「多少の揺れがあるね」の感想に対しては、ベース車がトラックなので、こんなものだよと応えた。
次に、両親と一緒に住んでいる弟夫婦とのことだが、車中泊の話を聞いた。
弟のクルマはミニバンで、一度だけ、ミニバンの2列目と3列目のシートの背もたれを倒して、その上で寝たことがあるとのことだった。その弟が「ジル」のダイネットに乗った時に、バンクベッドに敷いた布団、そしてダイネットのテーブルとシートのアレンジでできるベッドも含めて、合計5人が就寝できることに驚いていた。加えて、ガスや水道、冷蔵庫や電子レンジなどから、両親と同じ感想の「生活ができるね」と言っていた。「ジル」の説明はいつも嬉しくなり、キャンピングカーのオーナーとしては愉快だった。
そして、弟夫婦と日帰りで、ショートトリップに行くことになった。行き先は大分県の温泉地で、「地獄蒸し」なるものをやるという。そこは山の方なので、「ジル」ではなく、弟のミニバンに乗り込み出発することになった。
先ずは、実家からすぐの東九州自動車道で南下し、スーパーで「地獄蒸し」の食材を購入した。その内容から「地獄蒸し」とは、温泉の湯気で蒸す料理で、食材は持ち込みのようだ。
そして、福岡県と大分県の県境の山国川を越えて、その川沿いを南下すると、菊池寛の短編小説「恩讐の彼方に」で一躍有名になった禅海和尚(ぜんかい・おしょう)が掘削した「青の洞門」に到着した。そのあたりから県境は山国川から山地の尾根に変わるため、川は大分県内を流れる。
対岸から見ると、青の洞門の上に堂々とそびえる岩峰の「競秀峰(きょうしゅうほう)」は見る者を圧倒していた。禅海和尚が、その極めて危険な難所の鎖渡(くさりわたし)で人・馬が命を落とすのを見て、慈悲心から意を決することになったとのことだ。
この「青の洞門」のある「耶馬渓(やばけい)」は実家から近いこともあり、もう何回来たのか分からないほどだが、社会人になってからは来ていなかった。その間に、観光地らしく広い範囲で整備され、一変していた。
そこからさらに山間に入って行くと、紅葉で有名な「深耶馬渓(しんやばけい)」に到着した。そこは、そそり立つ岩峰と紅葉の組合せが素晴らしく、特にビューポイントの「一目八景(ひとめはっけい)」あたりは、時節柄、紅葉狩りの人たちで混雑していた。数日前に見た島根県の立久恵峡(たちくえきょう)の方が勝っていると思ったが、今、見上げている風景の方が勝っていた。
群馬県の「妙義山」や小豆島の「寒霞渓(かんかけい)」と並び、この紅葉の名所「耶馬渓」は日本三大奇勝」としても知られていることに納得した。
さらには北海道の「大沼公園」、静岡県の「三保松原」とともに「日本新三景」にも選定された景勝地でもある。この3ヶ所はこれまでに訪れたことがあり、特に「三保松原」については、パラモーターの「空の散歩」で上空から見下ろしたことがある。徳川家康の墓のある日本平の上空から見渡した駿河湾と富士山の展望は素晴らしく、その手前の清水港を囲うように伸びた砂嘴(さし)の「三保松原」の眺めは最高だった。
話しを戻そう。JR久大本線と筑後川の支流の玖珠川(くすがわ)を横切り、ミニバンがたどり着いたのは、九州の屋根と呼ばれる大分県の「くじゅう連山」の西の端に位置する涌蓋山(わいたさん)の熊本県小国町側の麓にある「峐(はげ)の湯温泉」で、その鄙びた風景は、あちらこちらから吹き上がる湯けむりに覆われ、私にとっての「これぞ鄙びた温泉郷!」のイメージそのものだった。
ちなみに、涌蓋山の山容は均整の取れた円錐形の形をしていることから、大分県側からは玖珠富士(くす・ふじ)、熊本県側からは小国富士と呼ばれ、日本三百名山のひとつに数えられる。私のお気に入りの山だ。
大学生の頃、大分県日田市、玖珠町(くす・まち)、九重町(ここのえ・ちょう)にまたがる万年山(はねやま)を登ってから涌蓋山に登り、その山頂から一目山(ひとめやま)を経由して瀬野本高原に続く尾根伝いからずっと見えていた「くじゅう連山」の山並みを思い出した。このように、大学生の頃に訪れた場所を再訪すると、色々なことを思い出してしまうものだ。
「峐の湯温泉」の「くぬぎの湯」には幾つもの貸切り専用の家族湯が並び、大きく開け広げられた窓で露天風呂のような雰囲気だ。先ずは広い湯船に新しい源泉を注ぎ、湯で満たされてからは適量の掛け流しの状況になった。先ずは私、次に弟夫婦の順で温泉に浸かることにした。湯に浸かって見える窓越の風景は、麓には紅葉が広がる涌蓋山のどっしりとした山容だ。十分過ぎるほどの秋の景色だった。
温泉に浸かった後は、温泉の蒸気を使った「地獄蒸し」で昼食を作ることにした。と言っても、先ほど買い込んだ食材を竹籠(たけかご)に入れて、コンクリート製の蒸し釜にセットして蓋をして、蒸気管を開ければ7分で蒸し上るもので、美味しい昼食タイムが始まった。厚切りベーコン、ウィンナー、卵、茶わん蒸し、肉まんなど、全てが美味しく、温泉の恵みに感謝、感謝だ。
その後は熊本県北部の「瀬の本高原」にある瀬の本レストハウスに立ち寄り、弟は、私の家族向けの土産として、芋焼酎と熊本ラーメンを買ってくれた。サンクス。
帰路は「やまなみハイウェイ」で、「くじゅう連山」の「牧ノ戸峠」を越えて、「くじゅう連山」の登山口でもある「長者原(ちょうじゃばる)」で「くじゅう連山」を背景に自撮り写真を撮った。それから湯布院ICまで走り、大分自動車道から東九州自動車道を走り、実家に戻った。楽しさがと懐かしさがぎっしりと詰まったショートトリップにサンクス。
その2日後、家族全員が「ジル」に乗り込み、実家近くの瀬戸内海の周防灘(すおうなだ)に面した漁港で催された「港祭り」に行き、そこで買った近海の魚などがその日の夕食になった。美味かった。これが故郷の味なのだろう。
中学時代の友人絡みでは先ず、半年前に亡くなった友人宅に行き、ご焼香させて頂いた。彼の葬儀後になってしまったが、ご香典と彼との思い出を綴った手紙を郵送したところ、法要の際に参列者の前で、彼の奥さんが私からの手紙を読んだとのことだった。驚きながらも嬉しかった。
地元で書店をやっている友人を訪ねた。彼は多くの同級生と繋がっていて、様々な近況を教えてくれ、その後は、同級生がやっている大衆食堂に行って、別の同級生に声を掛けてくれての食事会になり、40年振りの旧交を温めることができた。
次に帰省する際は、事前に連絡があれば同級生を集めておくよとの申し出があり、嬉しかった。
作品名:悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州) 作家名:静岡のとみちゃん



