悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)
食後のコーヒーを飲んでいた時、河川敷をウォーキングしているひとりの男性が目に入った。近づいてきたので「昼食後のウォーキングですか?」と声を掛けると、「キャンピングカーでの旅は羨ましいですね」との嬉しい反応をしてくれた。
その後、70代くらいの老夫婦が弁当を食べていて、声を掛けて会話が始まった。先ほどから自衛隊の練習機が飛んでいたことから、遠賀川の対岸の芦屋には航空自衛隊の飛行場があることを教えてくれた。
私の実家は、航空自衛隊築城基地(ついき・きち)のある福岡県築上郡築城町の隣で、練習機の爆音がかなり聞こえる場所だ。ここ遠賀川の河口周辺も爆音が聞こえるエリアなのだろう。
私の実家の最寄りのJRの駅は新田原(しんでんばる)という。宮崎県にある航空自衛隊は新田原基地という名称だが、その読み方は「にゅーたばる」で、時々、築城基地と新田原基地を間違う人がいる。
地元の人達との会話もあり、のんびりとした時間を過ごした河川敷を後にして、再び土手道を走り、遠賀川の河口側に向かった。遠賀川の河口に架けられた橋を渡り終えてからUターンして、もう一度橋を渡りながら河口の写真を撮り、北九州市若松区の「若戸大橋(わかと・おおはし)」に向かった。
この「若戸大橋」とは、洞海湾(どうかいわん)を挟んだ若松と戸畑間の交通網整備のために建設された吊り橋で、大型貨物船の出入りが可能な桁下高(けたしただか)は40m、1962年9月の完成時は「東洋一の夢の吊橋」と呼ばれ、日本の吊橋の先駆的な役割を果たしたという。
この橋には二つの思い出がある。
私が小学1年の夏休みの工作の宿題で、父親の助けを借りながら、割り箸で骨格を作り、その上にかなりの数のマッチ棒を接着剤で固めた「若戸大橋」を作ったことだ。
もうひとつは、「宇宙大怪獣ドゴラ」が「若戸大橋」を破壊したことだ。これは日本の怪獣映画の話だが、映画館でそのシーンを見た小学生だった私は、現実のことかどうか分からなくなり、一緒に見ていた父親に確認したほどだった。
「若戸大橋」の若松側の主塔は陸の上に建っており、その近くの有料駐車場に「ジル」を停めた。一方の戸畑側は洞海湾の中に建っている。
その界隈の散策で最初に向かったのは、洞海湾を横切って戸畑側に向かう渡船(わたしぶね)の桟橋だった。そこは「若戸渡船若松渡場(わたしば)」と呼ばれ、かつては、若松には私の母方の従妹(いとこ)がいて、子供の頃に何回か渡船を利用したことがある。ところが今、桟橋に着岸している渡船は記憶に残っているものとは全く違っていた。
「若戸渡船若松渡場(わたしば)」の陸側には切符売り場と待合室がある建物があり、そこに、懐かしい写真が幾つも貼られていて、その中の1枚が、記憶に残る渡船によく似た写真だった。私が記憶している渡船とは、2階はなく、1階の中央部はエンジンルームだったようで、乗客はその前後に100人ずつくらい乗船できるようなものだった。この船の船首と船尾はなく、どちらの方向にも進んでいたような気がする。
そういえば、この渡船が転覆して多数の死者を出した事故があり(乗客179名中72名が死亡)、そのことも「若戸大橋」の建設を後押ししたようだ。
船着き場から洞海湾の奥に向かっては、道路の海側の歩道が広くなっていて、散歩が楽しめるスペースになっていた。海への落下防止のための柵が、係船杭(けいせんぐい)に似た杭が立ち並び、その間には太いチェーンが張られていた。そこを歩きながら「若戸大橋」や渡船の写真を撮った。
レトロなガス灯にも見える外灯もあり、ここは市民の憩いの場所なのかもしれない。もう少し先まで歩くと、煉瓦造りの2階健のレトロな建物があり、大正8年に建設された「旧古川鉱業若松ビル」だった。それは、かつては石炭積出港として繁栄した若松港の姿を伝える数少ない歴史的建築物であり、国の有形文化財に指定されているとのことだった。
もうひとつレトロな洋館の建造物があった。それは若松区に現存する最古の洋館で、若松石炭商同業組合の公会堂で、石炭積み出しに港若松の歴史を象徴する建物とのことだった。
若松の今をじっくりと確かめることはなかったが、その分、歴史に触れ、私自身の懐かしい記憶をたどることができた。そして「若戸大橋」を走り、洞海湾を渡った。
戸畑側に下りてからは、先ずは「若戸渡船戸畑渡場」の前を通過して、NHKの「ドキュメント72時間」の番組で取り上げられた散髪屋に行ってみたかったが、残念ながら、その場所が分からず、R199で関門トンネルを目指すことにした。
その途中、門司港側から関門海峡越しに下関側を見たくなり、ちょっと停車できそうな場所を探していると、閉鎖したホテルの横に駐車できそうなスペースを見付けた。「ジル」を駐車してから向かった岸壁からは、海峡越しに下関側が見え、関門橋の全景も見えた。三脚を持って行かなかったので自撮りができず、釣人のバイクの荷台のクーラーの上を借りて、関門橋を背景に自撮りができた。
接岸した船や積み荷を吊っている船などがあり、その様子を眺めながら写真を撮っていると、夕日が陰影を作り始め、夕方の関門海峡の光景を暫く眺めていた。
「ジル」に戻り、「門司港レトロ」のあちらこちらを走り抜け、R2が始まる関門トンネル入っていった。
約2週間ぶりの関門トンネルを抜けてから山陽方面に向かう予定だったが、下関市街に向かった。それは、既に午後4時半を回った今、まだ車中泊場所を決めておらず、山口県の瀬戸内海側には道の駅は見当たらず、下関の海峡に面した場所に車中泊できる場所があるだろうと期待したためだった。
やがて、門司側から海峡越しに眺めた下関の町並みの中のR9を走っていると、海峡側に埋め立てて開発されたようなウォーターフロントが広がり、そこには大きな施設や遊園地があり、その隣の海峡沿いに雑草が生えた舗装されていないような広い駐車場があった。何かが建設されるまでの期間だけかもしれないが行ってみた。
そこは駐車料金700円が前払いの臨時駐車場で、明朝まで駐車できそうな感じがした。たとえ2日分の支払いになっても大した額ではないので、そこで車中泊することに決めた。近くのファミレスやコーヒーショップが24時間営業なので、必要な時はそこでトイレを借りることにしよう。
それにしても、有料駐車場での初めての車中泊になったが、駐車しているのは「ジル」1台だけなのが多少の不安だった。
駐車場の海側には海峡に沿って公園風な広いスペースがあり、ウォーキングやランニングをしている人、散歩をしている人、夜釣りの準備を始めている人もいた。
海峡の意外と速い潮の流れを見ながら、遊園地「はい!からっと横丁」の方に向かった。そこの観覧車のイルミネーションが美しく、その写真を撮りながら、海峡沿いをさらに歩き進んだ。
「はい!からっと横丁」の海側には、通用門のような出入口があり、そこにひとりの女性スタッフがいたので、駐車場での車中泊について尋ねたことから、色々な話になっていった。
作品名:悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州) 作家名:静岡のとみちゃん



