悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)
■11/29(旅の22日目):福岡県宗像市 ⇒ 山口県下関市(あるかぽーと臨時駐車場)
【この日の旅のあらまし】 道の駅「むなかた」まで走った昨夜の道をもう一度走ったことで神湊港(こうのみなとこう)に立ち寄ることができ、それから「宗像大社」に参拝。「さつき松原」を抜けてから遠賀川の河川敷で、麗らかな小春日和の中、ゆっくりと寛ぎながらの昼食を食べた。そして遠賀川の河口から「若戸大橋」に向かい、その若松側をぶらぶらと散策。再び「関門トンネル」を抜けてから、下関の「あるかぽーと」の臨時駐車場に「ジル」を駐車して、その周辺を散策。【走行距離:98km】
【忘れられない出来事】 北九州市若松区と戸畑区の間の洞海湾に架かる「若戸大橋」を見ながら、幼少の頃を思い出すに浸ることができたこと。
【旅の内容】 今朝の朝食も、ドリップコーヒーを飲みながら作ったホットサンドだ。「キャンピングカーの旅」では定番だが、その中身は毎日変えている。
今朝は、しょう油味の卵焼きと大量のなめ茸を8枚切りの食パン2枚に挟んだもので、インスタントだが2杯目のコーヒーを飲みながら食べて、最後はバナナで完了。以前に6枚切りの食パン2枚使ったことがあるが、量的に多過ぎた。
昨日は営業が終わっていて入れなかった道の駅「むなかた」のショップの開店時間を待つ間、FMラジオ番組に送る「おたより」を書くことにした。
就寝前に毎晩書いている「旅のメモ」を引用しながら、この旅の旅日記風な「おたより」を書き進めていたところ、いつの間にか開店時間の9時を過ぎていて、慌ててPCの送信ボタンを押した。
東日本大震災時のコミュニティFMの活躍ぶりを取材したことが縁で、パーソナリティとリスナーの関係になり、毎週、彼女の番組をサイマルラジオで聴いている。私から送った「おたより」は番組内で読まれ、読まれると次の「おたより」を送るというウィークリーな関係に昇華し、それが久しく続いている。リスナーにとっては、送った「おたより」がラジオで読まれるのはたいへん嬉しく、それが毎週続いている今、私のセカンドライフで「おたより」を書く時間はかなりの比重を占めている。
道の駅のショップには多くの海産物が並んでおり、特に鮮魚の品揃えは魚市場を思い出すほどで、既に数人の客が買い物をしていた。ここが人気のある道の駅だと分かった気がした。
とは言え、「ジル」の中で生魚などの調理をしないレベルの私の自炊には向かないものばかりで、もし妻とふたりの旅だったら、色々なものを買ったことだろう。
午前10時に道の駅を出発し「宗像大社」に向かうはずだったが、昨夜、ここまで走って来たR495を引き返すことを始めた。その理由は、昨日、日没後の次第に暗くなる中で道の駅まで走った際に見損じた車窓風景を取り返すためだった。
走り始めてからの国道沿いの風景は、どこにでもあるような一般的な田舎の風景だったが、その時、国道の歩道の上を歩く2頭の馬を見た。近くに乗馬スクールがあるのだろうか、上からヘルメット、ジャケットにブーツという騎手ならではの服装をした二人で、「キャンピングカーの旅」で見る初めての光景だった。
その先には「大島・地島(じのしま)渡船場」の標識があり、ちょっと立ち寄ることにした。大島も地島も玄界灘に浮かぶ小島で、九州本土からは数キロしか離れていない。したがって、フェリーのサイズは小さく、小さな渡船場だった。この神湊港(こうのみなとこう)の東側の川を挟んだ先は美しい砂浜と松林が広がっていた。
高校3年までは福岡県人だった私にとって、宗像(むなかた)と言えば「宗像大社」を思い出すほどの存在だが、これまでに参拝したことはなかった。加えて「宗像大社」は交通安全の神様として知られているため、「キャンピングカーの旅」をやっている今、参拝しない訳にはいかない場所だ。幸いにも、ここからはR495を横切って直進すればたどり着く近さだ。
宗像大社の駐車場に「ジル」を停めてから、鳥居をくぐり抜け、心字池(しんじいけ)に架かる太鼓橋を渡り、手水舎(ちょうずしゃ)で手と口を清め、「神門」の先の「拝殿」へ。そして「第二宮(ていにぐう)」と「第三宮(ていさんぐう)」にも参拝し、さらに長い階段を登った先の「高宮祭場(たかみやさいじょう)」へ。それら全てで、いつものように旅の安全と家族の幸せを祈願した。
なお、「高宮祭場」には「割符守(わりふまもり)」があり、空白の方に住所と名前を書いて護符掛けに掛けて、もう一方はお守りとして持ち帰るとのことだった。
紀行文を書いている今、「ジル」を停めた駐車場の手前に「海の道むなかた館」があることに気付いた。そこは2012年にオープンした施設で、今現在は世界遺産ガイダンス施設の位置付けになっている。この施設を見落として立ち寄らなかったことを後悔している。
そういえば、2017年に世界遺産に登録された際のTV番組で知ったのは、「宗像大社」とは、沖ノ島の「沖津宮」、筑前大島の「中津宮」、宗像市田島の「辺津宮(へつぐう)」の三社の総称で、これらは一直線に並んでいる。参拝したのは「辺津宮」で、現在では「辺津宮」のみを指して「宗像大社」と呼ぶ場合が多いとのこと。
「沖津宮」と「中津宮」は離島にあるので、今後も参拝しないと思うが、そもそも、沖ノ島には原則、上陸できないようだ。
「宗像大社」での参拝後は、神湊港から見えた「さつき松原」に向かった。
そこは弓状の海岸に5.5kmにわたって続く松原で、筑前国福岡藩初代藩主黒田長政(黒田官兵衛の嫡男)が防風林として植えたという。日本の白砂青松100選のひとつで、筑前八松原の筆頭松原だそうな。
その松林の中を走り続けると海側に展望所があり、「ジル」を停めてから砂浜まで下りた。美しい砂浜が続き、正面には神湊港からフェリーで渡ることができる二つの島が見えた。
残念ながら、この松原を見下ろせる小高い丘などがなかったのは残念で、そうなると、いつかはパラモーターでテイクオフして鳥瞰したいと、つい思ってしまう。
その後も海沿いを走り、やがてR495に出てからは東に進み、炭鉱が全盛期の頃は黒い水だった遠賀川(おんががわ)を渡った。Uターン気味に左に下り、川の土手道を河口に向かって走り始めると、クルマが下りられる広い河川敷が見えてきたので、そこで昼食を取ることにした。
車外は今朝から気持ちの良い小春日和で、Tシャツ1枚になって、湯を注いだカップ麺を持って、河川敷の端にあったベンチに座り食べ始めた。
のんびりとした遠賀川の風景が広がり、川面に反射する秋の太陽光を見ていると、古い記憶が蘇ってきた。
小学3年生までは北九州市の小倉に住んでいて、自宅近くには西鉄(西日本鉄道)の路面電車が走っていた。
家族でマイカーに乗って、遠賀川を渡った際に見えたのは、路面電車が遠賀川に架かる鉄橋を渡っている光景で、それまでは、路面電車は路面ばかりを走るものだと思っていたため、鉄橋を渡る路面電車の光景にたいへん驚いた記憶だ。つい最近のことだが、走っていた路面電車は西鉄の電車だと思っていたのだが、それは筑鉄(筑豊電気鉄道)の電車だったことを知った。
今現在は廃線になったのか、R3近くの遠賀川を渡る路面電車はないようだ。
作品名:悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州) 作家名:静岡のとみちゃん



