小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
静岡のとみちゃん
静岡のとみちゃん
novelistID. 69613
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)

INDEX|27ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

 私の住んでいる町内には、田舎のショッピングセンターがあり、地方のスーパーマーケットとマツキヨが並び、反対側には100円ショップ、その間を婦人服屋、メガネ屋、靴屋、美容院などが並んでいる。その駐車場の横にはかつて、首をもたげたブロントサウルスの恐竜の像が立っていて、その頭のてっぺんが町内では最も高いのではないかと思っていた。昔話ですみません。

 「福岡タワー」を真下からまじまじと見上げると、下から途中までは細長いビルで、その上に塔が立っているような構造で、その電波塔の先端までは234mあるとのこと。タワーの入口で入手したパンフレットにそう書いていた。
 エレベーターで昇った地上123mの最上階の展望室は回廊になっており、東西南北360度の最高のパノラマが広がっていた。その北側に広がる博多湾の景色以外は大都市の景観で、どこに何があるのかはさっぱり分からず、甥が説明してくれるも、よく分からなかった。
 私はパラモーターで「空の散歩」をやっていて、ホームエリアの天竜川の河口でテイクオフして遠州灘上空から見える浜松市街の景色も、遠征先の駿河湾沿いの静岡市内の海岸から飛んで安部川や日本平の上空から眺める静岡市街の景色も私のお気に入りの素晴らしい景色だが、それらが比較にならないほど、この「福岡タワー」からの眺めは素晴らしく、遥かに大きい規模の都市の絶景だった。

 そこで、もう一度じっくりと回廊を回り始めた。北側の博多湾に浮かぶ能古島(のこのしま)を見ていると、井上陽水の「能古島の片想い」を思い出し、そのメロディーが頭の中で繰り返した。かなり久し振りのことだったので、歌詞までは思い出せなかった。
 さらには、博多湾を塞ぐように伸びる砂嘴(さし)や、その先端の志賀島(しかのしま)が見えた。この島は確か、乃木坂46の元メンバー与田祐希の出身地だ。恥ずかしいが、いや、恥ずかしがることはないと思うが、私は彼女のファンだ。

 そして足下に目をやると、幾つかの人工の砂浜が並ぶ海浜公園のようで、その先にはヨットハーバーもあるウォーターフロントが広がっていた。
 それ以外の方角では、博多駅や福岡空港は分かるが、九州一の繁華街と言われる天神(てんじん)や屋台が並ぶ中州などは、ビルが立ち並ぶ市街地としてしか分からなかった。
 南側には大都市圏の町並みが広がり、その彼方先には霞んだ水色の山並みが一望でき、それは佐賀県との県境の脊振山地(せぶり・さんち)だと後で知った。

 もし眼下の砂浜からパラモーターでテイクオフして「福岡タワー」より高い標高から福岡の街を眺めることができるならば、景色を堪能してからは「志賀島」でランディング。最高のフライトになるだろう。そう考え始めると、いつかはそうしたくなるもので、海浜公園の管理事務所などの許可を取得しなければならないのだろうが、多分難しい話になるのだろう。
 キャンピングカーで日本各地を回っているが、そこで出会った景色を異なる標高から見るとどう見えるのかとつい、そう思ってしまう。「ジル」にはパラモーターの機材一式を積み込める収納スペースはないため、後面に折り畳みができる積載方法を考えて、DIYを進めることにしよう。

 展望室からの眺めを十分に堪能してから地上に戻り、タワー全体の写真を撮ろうとしたが、デジカメの画角になかなか入らず、かなり離れた場所からやっと撮ることができた。

 空からと思えるほどのタワーの上から福岡市を満喫し終えた頃、空腹を感じていた。
 久し振りに会った甥に福岡市内の案内をしてもらっているので、美味しい昼食をご馳走しようと思ったのだが、博多と言えば、私の頭の中では「長浜ラーメン」だと決まっていた。もう少し値段の高いものがベターだと思うものの、ごめんね。
 その理由は、熊本では「熊本ラーメン」を食べ忘れ、久留米でも「久留米ラーメン」を食べず、九州最後のラーメンとして、「長浜ラーメン」を食べることに決めていた。食べ損じるのはもったいない。甥にはそう説明して、元祖長浜ラーメンが食べられる店への案内を頼んだ。

 その途中で、甥が交際している女性をピックアップした。道案内が必要なので、甥には引き続き助手席に座ってもらい、彼女にはエントランスから乗ってもらい、運転席の後方のダイネットのソファに座ってもらった。

 ラーメン店の近くの有料駐車場に「ジル」を入れたが、キャンピングカーはNGだったらしく、それでも無理を言って了承してもらったところ、その代りに、他の客への配慮を目的に、警告書のような紙をフロントガラスのワイパーに挟んでおくとのことで、了解した。
 店の前には列ができていて少し待ってから入店した。店内は簡素なつくりで、椅子やテーブルは昭和の大衆食堂のようなものだった。東南アジア出身の人たちがホールの仕事をやっていて、そのひとりにオリジナルラーメンを注文し、ほどなくして運ばれてきた。
 先ずはラーメンの写真を撮って、甥と彼女のツーショットの写真も。私のラーメンを食べる際の流儀は先ずは汁をすすり、そして麺を食べることなので、レンゲで汁をひと口すすったところ、コクはなく、豚骨味は薄く、塩辛さが強い味だった。そして麺を食べるも、やはりただ塩辛いしょっぱい味のラーメンだった。私の舌には合わないこの味が「長浜ラーメン」の元祖の味なのかと思いながらも、軽く食べ終えてしまった。
 甥の説明によると、この店は麺だけお替わりする「替玉」の発祥の地だという。もう少し食べられるため、「替玉」をひとつ注文し、運ばれてきた「替玉」を丼に入れて食べ始めるも、汁の塩辛さが薄くなり過ぎて、食べ続けるのが限界になり、かなりの量を残してしまった。
 店を出てから二人に、「長浜ラーメン」についての素直な私の感想を言いながら、期待が大き過ぎたことが原因かもしれないと続けるも、甥も彼女も同じような感想で、3人とも、列ができてしまうようなラーメンではないという結論に至ってしまった。

 その後は「志賀島(しかのしま)」に行くことに決め、博多湾を反時計回りに走り、ショートカット気味に埋立地の中の道を走って向かった。
 全長約8km、最大幅約2.5kmの巨大な砂嘴(さし)の「海の中道(うみのなかみち)」の北側は玄界灘、南側は博多湾で、その中をJR香椎線(かしい・せん)が走り、公園やレクリエーションエリアが広がる場所だった。
 そこを西に向かって走ると、砂嘴の幅は100mを切る幅になり、両側が砂浜の中央を走り抜け、「志賀島」に到着した。以前は潮が引いた時のみ陸続きとなる状態であったが、橋が架けられ、その橋脚に砂が溜まってしまい、完全に陸続きの陸繋島になったという。

 島は反時計回りで一周した。島の北部に玄界灘に面した海水浴場があり、「ジル」を停めて、3人でぶらぶらと散歩した。その沖合には玄海島が見えた。

 最後に、博多湾側にあった「金印公園」に立ち寄った。この場所は、国宝「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)」が出土したと推定される場所とのこと。なお、江戸時代に発見されて以来、その真贋について活発な議論がなされているという。