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静岡のとみちゃん
静岡のとみちゃん
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悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)

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■11/27(旅の20日目):熊本県阿蘇市 ⇒ 福岡県久留米市(道の駅「くるめ」)


【この日の旅のあらまし】 道の駅「阿蘇」を後にして、復旧中の「阿蘇神社」を参拝してから「門前商店街」を散策。「外輪山」の端の「城山展望台」と「大観峰」から見た阿蘇五岳の眺望を目に焼き付け、初の「ミルクロード」を走り、ホンダの2輪の開発と生産が集結した「熊本製作所」の前を通過。懐かしいR57を西に向かい、母校の「熊本大学」に立ち寄り、キャンパスを歩いた。そこからR3を北上し、福岡県内の道の駅「くるめ」で車中泊。【走行距離:153km】

【忘れられない出来事】 懐かしい「熊本大学」のキャンパスを歩いたこと。

【旅の内容】 昨夜は午後10時に就寝してから午前5時過ぎにトイレに行くまでの7時間、ぐっすりと熟睡したようで、今、眠気はなく完全に目が覚めた。
 ダイネットの室温は3度、阿蘇谷の秋の早朝は寒い。
 FFヒーターのスイッチを入れて、トイレに行った際にパジャマの上に羽織ったベンチコートのまま、湯を沸かして作ったインスタントコーヒーを飲みながら、昨夜書き終えなかった「旅のメモ」の続きを書き始めた。
 この日の夜に知ったことだが、西日本では今朝、この冬一番の寒さだったとニュースで報道されていた。

 さらに、少し熱めのコンソメスープも飲み、「旅のメモ」を書きながら、昨日の内に食べ切れなかった「いきなり団子」をチンして食べて、全てを食べ終える頃、「旅のメモ」も書き終わった。結局、これが朝食になってしまった。

 6時半頃、今度はホットココアを飲みながら、ロードマップのページをめくり、今日の走るルートを考えていた。7時少し前に、外が明るくなってきたので、車外に出た。まだ寒い。
 駐車場の木立の向こうに阿蘇山が見えた。山頂部分がギザギザの「根子岳」は朝の陽光を背にシルエットになっていた。隣の「高岳」には薄い笠雲が二重に掛かっており、「中岳」からは白煙が湧き立っていた。朝日を正面から受ける南郷谷の道の駅から見た阿蘇山の景色とはずいぶん異なる阿蘇谷からの朝の山容だった。
 昨日の南郷谷と今朝の阿蘇谷しか知らないので、全てを知ったように決めつけるのはおこがましいが、朝日を正面から受ける阿蘇の山容は南郷谷からが良く、夕映えに浮き上がる阿蘇は阿蘇谷からが良い。昨日と今日の2日間で、このことを知ることができたのはラッキーだった。

 道の駅の駐車場を改めて見渡すと、キャブコンは5台、バンコンは8台、バスコンは1台、合計14台のキャンピングカーが車中泊したようだ。車中泊した普通車も多く、ここはやはり人気のある道の駅だ。
 それにしても、このところ、普段使いもできるバンコンが次第に多くなってきているようだ。しかし私は「ザ・キャンピングカー」と思っているキャブコンが気に入っていて、比較的広いダイネットは居心地が良く、余裕を持ちながら、旅の雰囲気が高まるのもキャブコンだと思っている。

 道の駅を後にして、「阿蘇神社」に向かった。
 左折すると阿蘇神社に向かう交差点を右折して、少しだけJR宮地駅(みやじ・えき)に立ち寄って、駅の写真だけを撮った。
 この駅には転車台がある。「SL阿蘇BOY」が熊本~宮地の間を運行していた頃は使用されていたが、現在は使用されていない。この列車を牽引していた大正生まれのSL「8620型」が熊本からここまでの急勾配の路線を走ることで、車両への負担が大きく老朽化が進み、運行が終了したところまでは知っていたが、その後、大掛かりな修理が施され、熊本〜人吉の「SL人吉」として、新たに運行を開始した。それも現在は終了しているようだが、再度「8620型」の復活に期待したい。

 JR宮地駅からR57を横切り、「阿蘇神社」に向かった。
 駐車場から北鳥居を潜って、神社の境内の外塀沿いの参道を進むと、何やら巨大な立方体の建物が参道の半分ほどを遮っていた。その正面に回ると、建物の壁に「楼門」が描かれていて、その見事な出来栄えもさることながら、熊本地震の災害に遭う以前の威風堂々とした素晴らしさが偲ばれ、デジカメに収めた。その現場は天候に関係なく、「楼門」の復旧作業が行われているのだろう。
 かつて、姫路城の平成の大修理の間、城全体がすっぽりと覆われ、その南側に姫路城が描かれていたことを思い出した。規模は違えど、同様な状況なのだろう。
 その横を抜けると、復旧された真新しい「拝殿」があり、いつものように旅の安全と家族の幸せを祈願し、「阿蘇神社」の復旧が無事に終えることも併せて祈願した。
 拝殿越しに見えた三つの神殿は熊本地震に耐えたのか、以前からの歴史を感じる佇まいだった。

 参道の奥に神社があるのが一般的だが、ここでは、神社の外塀に沿って参道があり、その中央に「楼門」がある。そこで参拝を終え、「ジル」を停めた駐車場とは逆方向の参道の端の南鳥居まで歩いてみることにした。
 そこまで歩いてから振り返ると、立方体の建物はやはり大きく見え、それは、「楼門」の存在が如何に大きいということなのだろう。復旧工事が終わった頃にもう一度ここに来て、実物を見たいものだ。

 南鳥居の正面には「回転焼き」を売っている店があり、好物の「あんこの回転焼き」があったので、ひとつ買った。私は「餡子(あんこ)」が好きで、アンパンや饅頭はもちろん、ぜんざいも好きだ。名古屋のモーニングサービスではないが、トーストに餡子を塗るのも好きだ。
 朝早い時間で他の参拝客がいないこともあり、行儀が悪いのは承知だが、温かいうちが美味しいので、食べながら参道を歩いて北鳥居まで戻り、その先の「阿蘇一の宮(いちのみや)門前町商店街」に行ってみた。
 商店街をぶらぶらと歩いたが、まだ8時台のためか、開いている店は少なかった。ここで印象的だったのは、幾つかの店の前にある「水基(みずき:湧水が湧く基(もと))」で、それは、阿蘇山の美しい水を多くの人に飲んでもらいたいと設置されたようで、店が付けた名称だと思うが、「金運の水」、「阿吽(あうん)の泉」、「文豪の水」などがあり、南郷谷も阿蘇谷も「名水の里」だ。
 この商店街の一番の名物は、1個180円の「馬ロッケ(ばろっけ)」だと後で知ったが、知っていてもそれを買える時間帯ではなかった。「あんこの回転焼き」は二番の名物か。

 「阿蘇神社」から「やまなみハイウェイ」に入った。
 この紀行文の執筆中、改めて、この道のことを調べているうちに「ハイウェイ」の意味を知った。これまでは高速道路だと思っていたので、「やまなみハイウェイ」は高速道路ではないので、間違ったネーミングだと思っていたのだが、実は「幹線道路」の意味で、これまでの人生でずっと誤解していたと悟った。恥ずかしい話だ。
 「やまなみハイウェイ」の始点は、R10の別府港の近くに「九州横断道路入口」の看板が設置されている交差点ようで、終点は熊本県阿蘇市一の宮町とのこと。1964年6月の開通以後30年間は有料だったようだ。この道には幾つもの思い出がある。道に思い出があるというのは妙だが、少し紹介させて頂く。
 初めて走ったのは確か中学生の頃で、父が運転するマイカーのカローラ―で、家族で行った九州半周旅行の際に走った気がする。あとで、アルバムで確認してみよう。