悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)
R256は次第に上り坂になり、そのあたり一帯はカルデラの様相ではなく、「根子岳」の山麓が「外輪山」につながっている地形になり、その根子岳の待望の東斜面の荒々しさに朝陽が当たっていて、なお一層、くっきりと凹凸が手に取るように見えた。
その先の箱石峠からは、「根子岳」の西側の「高岳」の迫力ある北東斜面の山容も見え、先ほどから続く山容は、大袈裟だが、どこか外国の標高が高く雨の少ないエリアの山岳を思い出す。ところが、峠を暫く下っていると、「外輪山」の牧場で肥後の赤牛がのんびりと草を食んでいた。阿蘇山には荒々しさと優しさが同居しているようだ。
このR256を北上するのは午前中に限ると勝手に決めた。
R256で阿蘇谷の東側に下り、大分市から熊本を経て島原湾を渡り長崎市に至るR57に合流してから西に向かい、道の駅「阿蘇」に立ち寄った。
この道の駅は人気があるようで、以前から訪れたいと思っていて、今夜、ここで車中泊する予定なので事前確認だ。
駐車場には多くのクルマが停まっており、駅舎の前やショップの中にはかなりの数の客がいて、買い物をしていた。客の混雑ぶりに驚きながらも、隣には阿蘇駅や温泉があり、ここの人気を支えているのだと分かった。
今夜、ここで車中泊するクルマの台数が多いことを予想して、私の「キャンピングカーの旅」のマイルールの「道の駅には午後5時までに到着する」の厳守、いや、さらに余裕を持って到着することに決めた。ついでに、駐車場とトイレとの位置関係を頭に入れ、「ジル」を停める場所の目安を立てた。そして、阿蘇山の「中岳」に向かった。
道の駅の入口の交差点を南に進むと「阿蘇パノラマライン」に入り、阿蘇登山が始まった。かなりの勾配で標高を稼ぐ道だ。最初は杉林の中を走ったが、やがて林から抜けた後は一面の牧草地帯の中を走った。そこから見える牧草地帯では数頭の馬が草を食んでいた。その先に見えたのは「高岳」の頂上に続く尾根と、さらに奥には「根子岳」の厳しい山容が見えていた。
それから、パノラマラインは大きく西に向かい、「往生岳(おうじょうだけ)」と「杵島岳(きじまだけ)」の裾野を上っていった。
反対側に目を移すと、裾野から高さ約80mの小さな円錐形の火山の「米塚(こめづか)」が見えた。素直に可愛いと思ってしまう。「阿蘇のえくぼ」と呼ばれていることに納得してしまった。
大学生になってから90ccのバイクを買った。親からの仕送りの数ヶ月分を一括でもらったので、中古のバイクが買えた。それで、行動範囲が飛躍的に延びたことが無性に嬉しかったことを思い出す。
その頃に交際していた女子大生とタンデムで、阿蘇方面にツーリングで行った際に、「米塚」に登ったことがある。草に覆われた中央の窪みには下りずに、その周辺を一周した。それは、大きな穴が開いていたら落ちてしまうのではないかと思ったからで、そんなことはないのだが、その時はそう思ってしまった。
そして、いつからそうなったのかは知らないが、山の表面を傷める可能性があるため、「米塚」への登山は禁止されている。
「ジル」はやがて「草千里(くさせんり)」を見渡すことができる展望台に到着した。多分、この地点がパノラマラインの最高地点のようだ。
そこから見える「烏帽子岳(えぼしだけ)」の麓に広がる草千里の風景は、中央の小高い丘を挟んだ東西には雨水が溜まる窪地があり、山の上にあるとは思えないほどの広大な草原で、訪れた今、草原は秋色になっていた。色々と思い出のある「草千里」なので懐かしい風景だ。
中岳方面に目をやると、白い噴煙が止め処なく立ち昇っている。そして気付いたのは、火口から北側一帯には火山灰が降り積もったのか、灰色に覆われていた。先日の噴火によるものなのだろう。
展望台にいた30代くらいの男性と、そういったことを会話してから、「草千里」から「中岳」に続く風景をバックに、お互いに、相手にカメラを渡して写真を撮ってもらった。
その後も、お気に入りの風景を暫く見ていたが、冷たい風に煽られたので「ジル」に戻ることにした。隣のバンタイプの人たちがクルマのバックドアを開けて、何か分からないが、測定装置やパソコンを積み込んでいた。先日の噴火後の調査かもしれない・・・。
展望台から少し下って、「草千里」の反対側の駐車場に入ることにしたところ、そこは有料駐車場になっていた。ここはかつて、無料駐車場だった気がするが、草千里一帯の自然保護のためにそうなったのだろう。
「草千里」を見ながら昼食を取ろうと思っていただけだったので、入口の小屋の係の人に、無料の駐車場の有無を尋ねたところ、「中岳」の火口に向かう「阿蘇山公園道路」の入口の「阿蘇山上広場」を教えて頂き、料金小屋をぐるりと回るようにUターンしてから、「阿蘇パノラマライン」の終点となるそこに向かった。
「草千里」から「中岳」に向かっては、浅い谷の間を走り抜け、そこを抜けてからは草千里規模の草原が広がり、最後の坂を上ると「阿蘇山上広場」に到着した。そこには、中岳の火口周辺警報が表示されていて、今現在の噴火警戒レベルは「2」で、火口周辺は規制されていて、ここから先は残念ながら進めなかった。
駐車場から見えた火口に続く斜面は火山灰に覆われているようで、その状況と噴火警戒レベル「2」が結び付き、背筋が少しゾッとした。
駐車場に「ジル」を停めて外に出た時、火口付近を飛ぶドローンが見えた。それも、噴火警戒レベル「2」に関係しているのか?
そういえば、駐車場に停まっているクルマの数は少なく、多少の不安を感じ始めたが、そのまま、短時間で食べられる昼食の準備をして、腹を満たした。すると、少しだけ不安感は薄くなり、インスタントコーヒーを作って、駐車場の端にあるベンチに座って、立ち昇り続ける噴煙を見ていた。
また思い出話になるが、一読願う。
この駐車場をスタートする母校の熊本大学の学生組織の体育会が主催する伝統行事「阿蘇耐久遠歩大会」に友人と参加したことがある。開学記念日の11月1日に開催され、その日の午前0時にここを出発し、ゴールは60km先の大学の正門の「赤門」だ。制限時間は確か、午後2時30分だったと記憶している。
「阿蘇パノラマライン」を下って阿蘇谷に入った頃、足に最初の豆ができて、立野火口瀬あたりで夜明けを迎え、R57を歩いていると、すれ違うクルマから「頑張って!」と掛けられる声援が嬉しかった。
しかしながら、幾つかある休憩場所では、参加者向けの食べ物はなくなっており、水分だけの補給になったのは残念だったが、それは歩く速度が遅かったためで、仕方のない状況だった。
参加者の中には、最後まで走り切る体育系サークルの強靭な者もいたが、最後まで走ることはなく歩き続けた私たちは、後半に入ってからは疲れが溜まり、終盤、足が限界を迎え、まるでゾンビのような歩き方になってしまい、それでも制限時間内の13時間59分で「赤門」を通過し、ゴールした。
作品名:悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州) 作家名:静岡のとみちゃん



