悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)
この後に向かう佐伯には確か、大学時代のサークル内で組んでいたバンドのボーカル・サイドギター担当のN君がいるはずで、彼の結婚式以来なので、かれこれ40年近く会っていない。彼はバイクを持っていたので、それはバンド以外の接点でもあり、再会したくなったが、彼の連絡先を知らなかった。
そこで、同じバンドのリードギターをやっていたY君に電話を入れて、N君の連絡先を訊いたところ、知らないとのことだったが、当時のサークルメンバーに問合わせようかと嬉しい返事をくれた。
「ジル」を停めた駐車場から灯台に向かう山道の入口には、赤い小さな「関崎稲荷」の鳥居が立っており、その下をくぐって、ほぼ水平な山道を5分も歩かないうちに、灯台が建つ敷地を囲む塀が見えてきた。そんなに高くない灯台だったが、その敷地は十分過ぎるほどの広さだった。
階段を登った上に建つ灯台の海側に回ると、海峡の潮の流れ、それに抗う漁船、約3.5km沖合の無人島の高島などの速吸瀬戸(はやすい・せと)とも言われる豊予海峡の絶景、さらには14kmの海峡越しに見えるのは愛媛県の佐多岬半島の西端、そこに建つ灯台、さらには後方の風力発電機群などのすばらしい大展望が広がっており、暫くその景色を眺めていた。
そういえば、ここの潮流が速いことから、アジやサバは身が引き締まり且つ脂がのり、市場での評価が高く、特に一本釣りされてからの活け締めによる鮮度保持などの厳格な品質管理も行われ、佐賀関港に水揚げされたものは「関アジ」、「関サバ」として全国的に有名な高級魚のブランドになっていることを思い出した。今日の昼食で、それらを食べたくなった。
灯台からはここまでの山道に戻らず、「海星館」の方向の斜面に階段があったので、そこを登り切り、その建物の前にたどり着いた。振り返ると、豊予海峡を背景に白い灯台の景色が美しく、写真を撮った。
閉館日の今日だからか、建物の前にはロープが張られて、立入禁止の看板があり、建屋には監視カメラが設置されている様なので、そのロープを越えず、その先の塀の外を歩いて、「海星館」の入口に出た。
初めて来たこの「海星館」についてスマホで調べたところ、最新の天体望遠鏡や多様な展示装置、さらに新たなプラネタリウムもあり、展望室からは豊予海峡の美しい海の景色が眺望できるとのこと。「海星館」の館名そのままの内容だ。今日が閉館日だったのが少し悔やまれたが、美しい景色に満足したので、それで十分だ。
「ジル」を停めた駐車場までは道路を歩いて下って行ったが、その途中で、木々が茂っている場所で数匹の猿を見た。
その直後、ひとりの女性が歩いて上って来たので、すれ違いざまに「たった今、この道から数匹の猿を見ましたよ」と伝えると、彼女からは「うり坊がいましたよ」と教えてくれた。猿が心配になったのか、その女性は先に進まず、来た道を後戻りした。
駐車場に到着した時、そこに停まっていたクルマの人から声を掛けられ、会話が始まった。灯台に向かう前に、そこで作った朝食を食べていた二人だった。
福島県の会津に住んでいる父と東京在住の息子が車中泊で九州を回っているとのことで、私からは、これまでの旅の概略を紹介した。今から、この半島の南側を走り抜け、佐賀関からはR217で臼杵に向かう予定だと伝えたところ、この半島の南側の道幅はかなり狭く、彼らのマツダCX5がギリギリで、急カーブでは切り返しが必要だったと教えてくれた。
駐車場から見える道路標識は「幅Max.2m」の表示があり、「ジル」の車幅は2mのはずだが、念のため、メジャーで測ったところ、やはりそのとおりだった。
周囲が木々の道幅の狭い道では、木の枝などが道に飛び出ており、車高3m超の「ジル」の通行ができない場合もあり、これ以上、先には進まないことに決めた。
道路幅の標識のあたりに、200m先の「関崎展望台」の案内板があり、そこには歩いて向かうことにした。
そこまでの道中、猿はいなかったが、道の左右の木々はかなり茂っており、その先の少し開けた場所には山側に階段があり、その上の展望台に登った。
そこは、半島の先端からほんのわずかだが南側に入ったためなのだろう、豊予海峡の南側に広がる豊後水道が太陽光を反射する風景に変わり、そこを走る船がシルエット風に見え、これまでに見えた風景とは異なったのは面白かった。そして南側に目を向けると、この半島の南側に続く臼杵や津久見あたりのリアス式海岸まで見渡すことができた。
駐車場に戻り、CX5の親子にお礼を言って「ジル」に戻ると、先ほど電話したY君からのLineが入っていて、N君の嫁さんの連絡先が載っていた。
そこに電話をすると、N君が出た。この日は平日だったが、まだ働いているN君は偶然にも、代休を取っているとのことで、彼の自宅はJR浅海井駅(あざむい・えき)近くとのことで、臼杵と津久見の名所や観光地には立ち寄らずに直行することにした。
佐賀関からは海沿いのR217を走った。この国道は途中からバイパスに変わり、海岸から離れて山間を抜けて、臼杵郊外を走り、津久見の手前で旧R217と合流した。その先の分岐点で、左車線のR217は津久見市街に至り、右車線の県道は佐伯に至るとの表示だったので、躊躇せず、県道を選択した。
実は、佐賀関灯台近くの駐車場で浅海井駅にセットしたナビのガイドは左車線を案内していたのだが、N君は佐伯市内の中心街に住んでいるものと早合点してしまっていて、それがルート選択の間違いの原因だったが、その時はまだ気が付いていなかった。
やがて、ふとナビの画面を覗くと、先ほど確認した走行予定距離が延びていることに気付き、画面を操作したところ、浅海井駅は佐伯市内からかなり離れていて、佐伯市と津久見市の市境に近い場所にあり、今現在、県道を走ることで大回りしていることが分かった。そこからはナビが示しているR217へのショートカットの道に入り、やっとR217に合流できたものの、本来ならば、浅海井駅には南下して到着するはずだったのだが、北上して到着してしまった。
このようなミステイクは多分初めてのことで、約40年振りにN君に会えることで、多少なりとも冷静さを失っていたのが原因なのだろう。そして、N君に電話を入れた。
この浅海井駅には、「九州最東端の駅」と書かれた看板が出入口の上に取り付けられており、ロードマップで確認しようかと思っている内に、N君がやって来た。
約40年振りに再会したN君は老けたなあと思ったが、私もそうだ。それに、少なからず腹が出ている。お互い様だ。
彼の家は駅の裏側にあり、直線距離は近いのだが、駅から少し離れた踏切を渡らなければならないため、ぐるーっと回る感じだ。
彼の家の横の駐車場は十分過ぎるほどの広いスペースがあり、「ジル」の駐車は可能だったが、そこまでの道が狭く、さらには曲がり切れない交差点もあるようで、N君のアドバイスに従い、駅から少し離れた海沿いの公民館の広いスペースに「ジル」を停めることになった。
作品名:悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州) 作家名:静岡のとみちゃん



