小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
静岡のとみちゃん
静岡のとみちゃん
novelistID. 69613
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

悠々日和キャンピングカーの旅:⑭西日本の旅(北部九州)

INDEX|10ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

■11/24(旅の17日目):大分県大分市 ⇒ 大分県佐伯市(友人N君宅)


【この日の旅のあらまし】 道の駅「佐賀関」から佐賀関半島の先端の灯台を訪れた後、連絡がついた大学時代の友人のN君と再会。彼の自宅があるJR浅海井駅(あざむい・えき)の周辺の名所を案内して頂き、夜は佐伯(さいき)市街の懐石料理店で夕食を御馳走になり、彼の自宅に泊った。【走行距離:69km】

【忘れられない出来事】 数十年振りに再会したN君は今でも、ギターの弾き語りをしていて、彼のオリジナル曲を聞かせてもらい、当時の彼がボーカルだったバンド活動のことを思い出した。

【旅の内容】 道の駅「佐賀関」で車中泊した夜、トイレに行きたくなり、「ジル」のエントランスから外に出た時、隣にキャブコンが駐車していて、その気配を全く感じていなかったため驚いた。この道の駅の駐車場内で、比較的静けさを求めると、「ジル」を停めた場所がベストなため、同じように考えて停めたのだろう。

 道の駅が面したR197を走るバイクのマフラーの排気音で目が覚めた。6時少し前だった。
 バイクの騒音は何とかならないかと、改造マフラーを恨めしく思った。人に迷惑を掛けるような改造バイクの取り締まりを是非、強化して欲しいものだ。
 加えて、ハーレーのドドドドという排気音は持ち味かもしれないが、日本の騒音規制をクリアしていないと思われ、輸入時の検査はどうなっているのかと、朝からネガティブな気分になってしまった。
 そういえば、4輪のEVがまだこの世に殆どない頃、軽自動車を対象に改造EV(Convert EV)を推し進めている人たちを取材してことがあり、そのひとりの東京大学の特任教授を取材中に、校舎の近くを走るバイクの大きな排気音が聞こえてきた時、「あの騒音は学究の敵だ」と教授が呟いたことが、いまだに忘れられない。
 2輪や4輪の騒音規制は、地域や道路の車線の本数にもよるが、いずれにせよ70デシベル以下だが、ハーレーの排気音は通常 90デシベルを超えており、普通の会話が約60デシベル、車のエンジン音が約70デシベルなので、はるかに大きいレベルだ。さらには、カスタムマフラーの装着時は100デシベルを超えることも珍しくなく、ホントに何とかして欲しいのだが、警察や行政がそれを放置している理由が分からず、少なからず腹を立てている。

 以上の苛立つ気持ちを押さえながら、車外に出ると、昨夜に会話した札幌ナンバーの軽バンや隣に駐車していたキャブコンは既に出発していた。予定が詰まった旅なのかもしれない。そして、朝の別府湾を眺めたところ、夜が明けつつある状況だった。

 「ジル」に戻り、湯を沸かしてドリップで淹れたコーヒーを飲みながら、佐賀関半島のロードマップを見ていると、ダイネットの車窓から別府湾越しに、次第に見えてきた大分市内の臨海工業地帯の後方は朝霧か雲か分からないが、薄いピンク色に広がる背景になり、その手前の工場や巨大なタンク、そして煙突などに朝陽が当たり始め、浮かび上がってきた。その景色が美しく、デジカメで写真を撮った。

 親戚から頂いたお弁当が朝食になり、食べながらずっと見ていたロードマップで、今日の予定がまとまった。
 先ずは佐賀関半島に行って、関崎灯台(せきさき・とうだい)から対岸の四国の佐多岬半島を眺め、半島をぐるりと回り、九州と四国の間の豊後水道沿いに、臼杵(うすき)、津久見(つくみ)、佐伯(さいき)の名所を巡りながら南下して、佐伯(さいき)からは、内陸部のR10や海岸線を走るR388ではなく、それらの間を走る九州自動車道を走ることにした。その理由は、佐伯から南は無料区間のためだ。その途中で宮崎県へ越境し、延岡(のべおか)に至る。
 そして、進路を南から西に変えて、五ヶ瀬川(ごかせがわ)沿いのR218で九州山脈を越えて、高原を走れば阿蘇山の外輪山に至り、下ると南阿蘇の中心地の高森だ。
 このルートを決めたものの、高森までたどり着けるのか、それとも途中で車中泊になるのか、立ち寄る場所での滞在時間次第だ。そんなラフな計画こそ、「キャンピングカーの旅」なのだ。
 見た目以上にかなりのボリュームのあったお弁当を食べ終え、今日の旅のエネルギーが十分過ぎるほど充填された。

 お世話になった道の駅の開店前に出発して別府湾沿いに走り、佐賀関トンネルを抜けると、「国道九四フェリー」の案内表示が見えた。ここまで走って来たR197が豊予海峡を渡って四国につながっていることを始めて知った。あとで調べると、R197は四国山地の西端を横切り、高知までつながっていた。
 そうなると、四国に思いを馳せるものの、妻が「ジル」で行きたいと言っている四国なので、その時までキープしておきたいと決めている。したがって、四国は関崎灯台から豊予海峡越しに眺めるだけだ。

 「国道九四フェリー」への分岐点を通過してからは、海岸に面した佐賀関の町に入った。そこから先は佐賀関半島になり、関崎灯台に向かう県道に入って行った。
 間もなく、県道の左側は高いフェンスが続き港側が見えなくなった。その先は「佐賀関精錬所」の入口で、確か銅の精錬所だと中学校の頃に学んだ記憶がある。中学校に入った頃からか、社会科目の地理に興味を持ち始め、それが今の旅好きにつながっている気がする。

 先ほどから見えていたやけに高い煙突は、この精錬所の煙突だった。そこで少し調べたところ、高さ200mの2代目の大煙突だった。その初代の大煙突は、完成当時は167.6mの高さで世界一だったが、老朽化して既に解体されたとのこと。
 ちなみに、今現在、海外には400mを越す煙突があり、国内では火力発電所の231mの煙突を筆頭に200mを越す煙突が十数本あるようだ。

 そして県道は精錬所の入口をかすめて右に曲がり、その先も精錬所側は高いフェンスが続いた。少し走った先で道は二股に分かれていて、右の上り坂が灯台へ続く県道だ。
 その路面は多くの黄色の落ち葉で覆われていて、スリップしないかと思ったほどだった。この県道は佐賀関循環線でもあり、きちっと整備されているはずと思ったが、後で裏切られてしまう道だった。

 左右の木々からは道側に少なからず枝が伸びていて、「ジル」のサイドに当たることはなかったが、少し狭い幅の道がさらに狭く感じる場所では注意深く走り、灯台に向かって行った。
 途中で、「豊予海峡(ほうよ・かいきょう)関崎海星館(かいせいかん)」の看板があり、残念ながら、閉館日の立て札が立っていた。
 そのあたりから県道は下り勾配になり、木々の間から白波が立つ豊予海峡が見え始め、少し開けた場所からは白亜の灯台が見えた。それは今から向かう「関崎灯台」だ。
 「ジル」を停めてじっくり見たところ、灯台の先端に風向計が取り付けられていて、その軸が少し長いため、十字架にも見えなくもない。灯台の凛々しい姿も相まって、白亜の灯台の建物はまるで教会のように見えた。
 さらに先に進むと、左側に灯台の案内表示があり、右側の駐車場に「ジル」を停めた。

 ここまで来る間に、ふと思い出したことがあった。