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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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誰が彼女を生かしたか

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11話「誰も知らない私」




「ママ…ママ…」

春子はこの別室で眠っているように、俺達には見える。しかし外の世界の春子は、夫と話をしているはずだ。自分が母親からどう扱われたかの話を。

外の世界で人と触れ合っているのに、この部屋に戻ると春子はその事を忘れている。外の世界に居るのは母親と同じ攻撃者だからだ。彼女はそう教わって育った。

何も全員が春子を虐待していた訳じゃない。でも、家庭に居た大人というのは、その後の人生で出会うであろうモデルとして記憶されてしまう。

春子が母親から虐待される日々を終えたのは、母親が家を出て行ったからだ。春子が7歳の時に。

幼い子供が親から過剰な罰を受け続け、そして親は居なくなった。損失に次ぐ損失なのだ。欠落だ。春子が母親を忘れられなくなるのは最もと思える。

外の世界では春子の夫の進さんが春子を説得していた。俺はそれを内側で聴いている。

外での言葉遣いや暮らしぶりは、春子は母親に教わった通りに行っている。彼女の生活にはまだ母親の規則が敷かれているのだ。

「春子。お母さんはもう居ないし、会えないよ。だから安全だよ」

進さんは、テーブルで向かい合った春子とそう話す。春子は首を振った。彼女は座ったまま猫背になり身を屈めている。

「ううん、お母さんはまだ居るよ。私ちゃんとしなきゃ」

「どうして。だって本当に居ないじゃないか…」

進さんには彼の世界が見えている。彼には悲惨な春子の人生は見えていない。彼と春子は結婚して一緒に住むようになったのだから、幸せの象徴とされる行為の中で不幸に苦しむ人間という図式が理解出来ないのだろう。

春子の心は、多分進さんとまだ出会っていない。彼女は結局この部屋に閉じこもって暮らしている自分しか覚えていない。


その後、春子は青い部屋で目を開けた。泣いたまま。