誰が彼女を生かしたか
春子は起きてすぐに、起き上がって俺に形だけ笑おうとした。でも、上手く出来なかったんだろう。
「七星さん…私…おはようございます」
春子が何もかもを怖がっているのは知っている。だから、彼女が謝る代わりに挨拶をするのが辛かった。
「嫌な夢でも見た?」
俺がそう言うと、春子は思い巡らしに目を寄せる。彼女の肩から布団がずり落ち、とさっと落ちた。
「お母さんが…私を追いかけて来て…それで私、逃げて…ごめんなさい」
彼女は、夫との話など忘れたかったのかもしれない。世界の全員が彼女の母親と同じだと、春子は思っているのだから。そんな夢を見ていたのだと思い込もうとした。もしくは、その夢も攻撃者と感じている者との話も、大して重みは変わらないのかもしれない。
「そう…嫌な夢だね。それに…」
話を続けようとした時、優馬が目の前に立っていた。奴の目が燃えている。その後ろには響子が走ってくるのが見えた。
「やめろ!落ち着け!」
「うるせえ!あんな母親死んで当然だ!俺がやる!」
優馬は放っておいても大丈夫だ。奴は怒鳴るだけ。ただし響子は春子を殺してしまう。きっと今、外の世界では春子が包丁を手にしているだろう。俺は迫り来る響子の刃を両手で止めた。
「七星さん!」
俺の手から血は出ない。でもその事に混乱した春子は気付かなかった。
俺が響子の両腕を掴んで床に押し倒すと、響子は足で俺の腹を蹴った。彼女の腕を押さえつけ続ける俺は、大声を出す力さえ奪われている。
「お前な…死ぬ事が幸福だなんて本当に思ってるのか…」
俺の心にちらとだけ〝本当はそれが一番の早道なんだ〟と閃きかけた。俺はそいつを全力をもって握り潰した。
「死ななきゃこの子は永遠に母親の奴隷よ!解放するんだわ!」
「カウンセラーに頼むんだ!」
「もう待ってられないわよ!これ以上苦しめられないわ!四六時中なのよ!この苦しみは!」
響子が床の上で首をじたじたと振り回しながら叫ぶ。俺は「違う」とどうしても言いたかった。だから彼女に聞いた。
「もう少しなんだ!なあ、そうだろ!?春子!」
響子を押さえながら春子を振り返ると、彼女は怯えて泣いていた。両膝を思い切り胸へと縮め、涙を拭いながら俺をぎりりと見詰める。
〝何故そんな目で俺を見るんだ〟
〝ああ、解ってる。君は助かりたくなんかないから…〟
「私…奴隷でもよかった…それでお母さんに愛されるなら…」
俺は膝で半分立ち上がったまま、春子から目を離せなくなった。でも、俺が泣く訳にはいかないんだ。
その時響子がまた暴れ出すかと思ったのに、響子はその悲しみに耐え切れず、泣き始めていた
優馬は窓を破ろうと両拳で叩いていた。
俺は?俺はどうすれば良かったんだろう?
つづく
作品名:誰が彼女を生かしたか 作家名:桐生甘太郎



