女教授の初体験
「いきそうや、いける」と男が訴えてきた。男は自ら指を使って刺激を強めた。射精の瞬間、熱いエネルギーの塊が口の中に広がった。女はどうしてよいかわからず男の指示を待った。男は両手を差し出して、出せばよいと言った。射精すると男根はおとなしくなっていった。あのたくましくエネルギーそのものだった男根は勢いを失っていく。それを見届けると女は今や、男根をコントロールできると思えてきた。主導権を握っているとしたら、性交はかならず女のヘゲモニーですすむに違いない。この理解は女の立場を強化した。
その夜は、男は女に添い寝しながらおとなしく眠り込んだ。この感覚もそれはそれでよいと思えた。ひとりで寝るより良いと。車中での情熱、射精を経て脱力した男根の変化をトレースしながら、女は、男根をコントロールできる、言い換えると男の性欲をコントロールできるだと思った。男根にふれたとき、そのたくましさに感動してとてもかなわない、男根崇拝もやむを得ないとかと考えたが、認識をあらためた。自信が深まった。
女教授は非常勤講師を重ねながら、英仏における近代黎明期女性文学者の研究で才能を発揮し、その学会で注目され母校の講師に招かれ、運よく教授職をつかんだ。暗黒文学の作者が女性ということが少なくない。興味深く読んだものの、すべて知識の世界にとどまっている。
学生時代、女同士の猥談に聞きいったが話題は提供できなかった。セックスは方法や道具を主として話したら、ワイセツ感がなくなる。女同士の会話がそうだ。セックスは他人に話し始めたとたん、わいせつ感がなくなるようなことがある、真にわいせつなことは決して離さないものだ。人に言えないことがあればこそ、ワイセツだ。秘密や謎はワイセツに欠かせない。
思うに大学教員の世界はあまりに単純すぎる。この世界をもっと複雑にしていきたい、自分自身が光り輝けるようになって、人生に彩をつけたい。これは白黒からカラー映画への転換だ。
「近場の温泉旅行にしましょうか」
「いいわね、そうしましょう」。
京都から新幹線を使えば2時間ほど、瀬戸内海を眼前にする赤穂温泉を選んだ。朝9時過ぎに落ち合って赤穂駅につき、城下町を歩いて、昼過ぎにホテルについた。
瀬戸内海が眼前に広がる。春の海はコスモスであった。
女は浴衣姿に着替える時、ちらりと白のブラジャーとパンティが男の目に入ったはずだが、どうだろうと、視線が気になった。
さて今夜はどうするか、女は思案した。男根をなめるべきだろうと考えた。今は積極的に愛撫することができる。形を確かめるように舌をすべらせた。男の腰が浮いてきて舌の動きに反応している。
「どう、気持ちいい」と女は尋ねた。
「とてもいいよ」
「よかった」
「金玉もふれてほしい」
男が注文する。構造を知識から学ぶ。面白いものがあるとさえ考えられた。余裕である。
熱心に舌をはわせていたら、男が手を男根の茎にまわして刺激を強めようとし、
「口をあてていて」との男の注文にしたがった。前のパターンをトレースした。
「いって」、女は男の動きを促したが、なぜか男は中断した。
「いきそうやけど、ここでやめとく」
「いったらいいのに」
不思議な会話が終わって、性交の場面となった。
体が硬い、ぎこちない、反応しない、男根を花芯に充てても濡れてない、男ははてな、と困った。
「舐めようか」
初めからそういうことはさけたいところだが、女に声をかける。女はその言葉がわからない。
「いや、だめ」
「いつもこんなの」
「久しぶりやから」
女は言い訳をした。
男は女の立場に同情した。濡れてないときは困る。女も面白くないし、男は落ち込むだろう。しかし女は入り口をぎゅっと締めているのだった。入らないようにしているのを悟られたくない。これも攻防だ。濡れていては勘違いされる、濡れてしまうのは男の勘違いを生む、主導権を握られてしまう。男に主導権をわたしてはつまらない、この冒険を楽しみたい、女の思慮は深く意思は強かった。男は女が濡れるとすぐに調子にのり女を馬鹿にする傾向があり、セックスは男の身勝手なものとの考えがよぎった。
「ゆっくりしようか」
男は体勢を引き上げた。女は作戦が成功したと心の中で快哉した。がまんができずに無理やりという場面も想定していたが、強引ならすべてばれてしまう。
男は段取りを思案した。セックスができなくても仕方ない、慌てることはないだろうと。
「ごめんなさい、緊張してしまって」
女は弁解した。真剣にうそをつく、演技も実演だ。ここを拒んでも男はあきらめないと踏んでいる。
「お風呂に入って、夕日を眺めようか」
「そうしましょう」
部屋に戻ると夕食が準備してあった。赤穂のお酒も並んでいる。
「飲みましょう、遅くなっても大丈夫」
「不倫旅行みたいやね」
「なんで」
頓珍漢な会話だった。名物の牡蠣料理を味わいつつ、互いに視線を交わしながら
「もう一回、挑戦してみよう」
「いいですよ、そうしましょう」
女はいつもの癖で標準語を使った。
裸になって布団に入った。男は体を重ねると、ゆっくり入れようとした。入り口には抵抗感があったが、かまわず侵入しようとした。男としては当然だろう。
「入りそう」
男は女に声をかける。
「一気にしてね」
男根を挿入する、皮膚がこすれあうようだが進む。
「包まれているようや」
男は思わず声を上げた。女は思いつめたような表情をしている。何かに耐えているようで、かわいいと感じた。
「動こうか」
男は動きたかった。
「じっとしてて、お願い」
男は女のためらいをさえぎって出し入れをくりかえした。女は声を押し殺し全身を震わせた。中に射精した。
女は男に「出血したのよ」と説明した。男は驚いた。謎が増えた、謎が解けないまま。男は女教授が処女であったことを想像もしなかった。強引だったかもそれないと知れないと反省する野であった。初体験だから、狭くてこすれる摩擦が射精を誘っただろう。女教授の、男根との遭遇、性交初体験は幸せに完了した。
男との小旅行はつごう三回目となった。
「腰を使ってんのか」
男は女をなぶる。
「あ、あ」
からだ全体が官能を表現しようとしている。まるで自然に動きだしたように。
「また、いったんか」
「また、いった」
女は喜びを男に伝えた。
男はほとんど何もせず、女だけが頂上に向かっている。男にはこういう場面は初めてだ。セックスの終わり方に工夫がいる、暗黒文学で鍛えた巧者ぶりをおしえてやらねば、セックスだけの男にはどんなにていねいに説明しても効き目はないからだ。
女の作戦は大成功だった。男に深い余韻を残すことができた、しかも未練たっぷりに。女主導のセックスは初めてだった。感動的なほどの体験であり、自信が付いた。まるで世界が変わったかのようだとさえ思った。思考が解放されると体もそれに伴い解き放たれるのだろうか、女は自問した。
演習はほぼ段取りよく進んだが、まだ心もとない。頭から生まれてくる性欲というものがあるにちがいない、その着想にわれながら感心した。第四幕を構想する。
「濡れてる?」
と尋ねる。
「さあどうでしょう、たしかめて」
女は答えて男の手を振り払った。



