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女教授の初体験

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女教授の初体験
 湖西線の車窓から近江の湖を眺めている。湖面は陽光を照り返しては吸収しながら初冬を演出していた。
 男の手が伸びてきて手を重ねてきた。やさしい手であったからその感覚を楽しんだ。視線は彼方を向いていて手だけが別のことを考えている。頭と手とがはっきり分かれている。女の手を男の手が太ももに導いて硬いものに触れさせた。ためらったがそのまま男の手に委ねた。
 女は、男根の形を確かめたのは初めての体験であったから緊張したが、列車の中でもあり男が堂々としていたので静観することにした。硬くて長い。男はこのような生き物を飼っているのだろうかと感心した。
 今日は男の誘いで湖岸のひなびた温泉に向かっている。大学の定年を目前にして達成感とともに虚脱感も生まれていた。先生と呼ばれて40年になろうとしている。友人たちと会食していても、「せんせい」とのことばに反応し身構えてしまうのだった。
 専門は18世紀フェミニズム文学、娼婦とか性欲とかを自在に操って講義し人気講座であった。しかし性交経験はない。ないまま知識だけが深まっていった。定年を迎えようとしてこの矛盾に気が付いた。

「わけのわからん、やつやなあ」。東向きのバルコニーを見ながらふと、出てきた言葉だった。ふだん使わない、とても口に出してはいけないことばのはずが、頭の隅にしまい込まれていたのか、吹きあがってしまった。声も大きかったから、誰もいないはずの家の中を確かめる。何かストレスを解消しようとするような、誰かを攻撃するようでもあり、自身が情緒不安定かもしれないと疑った。内面のアンバランスにとどまらず、形あるものが壊れそうな予感に包まれた。

女は私立大学の英米文学教授、院生時代、恋人のような同級生に「俺を追い越すなよ」と、厳しい表情で思いつめたように言葉を投げかけた。同級生は普段はやさしい目をしているが、時に物事を見通そうとするまなざしを向けてくることがあった。女はきょとんとして、思い当たることがなく、「何、言ってんの」と言い返した。同級生は黙った。
女は決めた。同級生のこの言葉で決めたのだ。とにかく決めた。もう迷いはない。学会の運営について喜々として話している姿を、同級生は実は苦々しく見ていたのだ。研究成果もひょっとしたら自分のおかげもあるのだと同級生は思っていいた節がある。こうした同級生の思い込みをかわいいとさえ感じたものだ。
指導教授との不倫を疑われたときより、この言葉は重大だ。この言葉は、男女関係を規定しようとしているのであり、現在の関係を転倒させるなとの警告なのだ。不倫を問い詰められたときもいやな気分ではあったが、同級生が抱いているであろう自分への関心に満足し、優位に立つ思いでもあった。じっさい、不倫はなかった。
相手のなにかを否定的に見るようになれば、何もかもが受け入れがたくなってくる。過去の出来事ではあるが、同志を裏切って闘争から離脱し教授にとりいったことも、許せなくなった。
そのころ女は若かったから、世間とはそんなものだと割り切ることができ、同級生の転向に異議を抱くことなく納得した。ノンポリだったし、周りの人が使う言葉が難しくてわからなかったせいもある。そういうことの一つひとつが積み重なっていき、ある時、ダムを超えて奔流があふれ出す。感情が勢いを持つ、それは力だ。水はカオスとコスモスの両極を演出することができる。

 湖面は穏やかでコスモスだが、温泉では波乱がおきてカオスになるのだろうと女は考えた。未体験ゾ-ンなので予想もつかない。流れに任せるほかない。自分が処女であることは言えないし言いたくない。
 家族風呂を用意してくれたので、その脚本にしたがった。男が先に入って湯船につかっている。女は端からそっと湯に体を沈めた。男は湯から出て縁に座った。男根が直立しエネルギーに満ちあふれているのがわかったが、どうしてよいのか見当がつかない。
 「こっちへ来たら」と手招きした。それならとお湯の中を移動した。二入だけなので安心だと言い聞かせた。
 女が体を寄せてくると男はごく自然に「なめて」と注文してきたのだった。さて女は戸惑う。どうしてよいのか皆目わからず、なめるのだと自分に命令した。なにより好奇心いっぱいであったから男の注文にしたがった。
 口に軽く含む。男は「いい」と反応した。そんなものかと思いながらおそるおそる進んでいく。「すごくいい」との言葉に触発されて気持ちがこもっていく。臆病で丁寧な女の唇の動きに男は感じているのだった。
思考方法の癖かどうか、男に見下ろされながら男根をなめるのは、支配されているようで同意できない行為だから、どこかで適当に終わらせるつもりだった。
「うまい、どこで覚えたんやろうか」、男は女の思考を知らずにそのソフトな感覚に浸っている。上手だと比較されても、この男の経験との差に言いようがない。
「そこが一番、感じる」、男はくびれたところを示した。液体が染み出ている、これはバリトリン腺かと学習した。亀頭はつるつるで唇になじみやすい。皮膚がつながっていくような不思議な感覚だった。同時に自分の皮膚の下に膨大な性感帯が広がるようでもあった。皮膚を挟んで肉体と肉体が絡まっていくように感じられた。
「いきそうや、いける」と男が訴えてきた。射精の瞬間、熱いエネルギーの塊が口の中に広がった。女はどうしてよいかわからず男の指示を待った。男は両手を差し出して出せばよいと言った。
射精すると男根はおとなしくなっていった。その夜は、男は添い寝しながらおとなしく眠り込んだ。この変化を確かめながら女は男の性欲をコントロールできると思った。男根を始めてみたとき、そのたくましさに感動してとてもかなわないと、そうかこれが男根崇拝かと認識をあらためた。

女は非常勤講師を重ねながら、英仏における近代黎明期女性文学者の研究で才能を発揮し、その学会で注目され母校の講師に招かれ、運よく教授職をつかんだ。暗黒文学の作者が女性ということが少なくない。興味深く読んだものの、知識の世界にとどまっている。
 学生時代、女同士の猥談に聞きいったが話題は提供できなかった。セックスは方法や道具を主に話したら、ワイセツ感がなくなる。女同士の会話がそうだ。セックスは他人に話し始めたとたん、わいせつ感がなくなるようなことがある、真にわいせつなことは決して離さないものだ。人に言えないことがあればこそ、ワイセツだ。秘密や謎はワイセツに欠かせない。
 思うに大学教員の世界はあまりに単純すぎる。この世界をもっと複雑にしていきたい、自分自身が光り輝けるようになって、人生に彩をつけたい。これは白黒からカラー映画への転換だ。

「近場の温泉旅行にしましょうか」「いいわね、そうしましょう」。
 京都から新幹線を使えば2時間ほど、瀬戸内海を眼前にする明石温泉を選んだ。朝9時過ぎに落ち合って明石につき、城下町を歩いて、昼過ぎにホテルについた。
「お布団、敷いておきましょうか」
瀬戸内海が眼前に広がる。春の海はコスモスであった。
女は浴衣姿のまま、下着を脱いだ。男は、ちらりと白のブラジャーとパンティが目に入ったが、すぐに目をそらした。女は布団の中に滑り込み男を待つ。
作品名:女教授の初体験 作家名:広小路博