ヒトサシユビの森
小屋の敷地から離れた森のなかに、植生が育たず空隙になっているスポットがあった。
土壌のせいか、雑草はまばらにしか生えず、乾いた土が剥きだしになっていた。
そこには、半分地面に埋もれた大きな岩があった。
普段であれば、その岩は闇に紛れて存在を消している。
だがその夜は違った。
ラクダの背に似た形と灰褐色の岩肌が、カンテラの炎に浮かびあがっていた。
吊り橋から引き返した坂口たちの目に、丸太小屋の屋根が見え隠れし始めた時だった。
坂口たちは、林の中でカンテラの灯りが揺れていることに気づいた。
ヤマウルシの林を掻き分け、坂口たちはカンテラの灯りに近づいた。
カンテラの灯りを背に、健市が立っていた。
ファスナーが閉じられた収納袋を抱えていた。
健市に抱かれた収納袋のサイズを見て、茂木が思わず
「健坊!」
と声をあげた。
健市の足元には、膝上ほどの深さに抉られた穴があった。
収納袋がすっぽり入る大きさだった。
驚きを隠して、健市が坂口たちを見た。
「なんだ、お前ら。なんで戻ってきた?」
「健市、それは?」
「これか。これは、その、動物の死骸だ」
それが虚言であることは、三人にはすぐに知れた。
「嘘つけ、健市」
坂口はひと呼吸置いて言った。
「やっちまったのか」
健市は返事をしなかった。
しばらくして、首を横に振った。
「眠ってる」
「健坊、ブローカーはどうしたの。ブローカーに引き渡すって言ったよね」
「あるわけねえだろ、そんなツテ。あったとしてもそんな裏社会と繋がろうもんなら・・・」
「どうして・・・」と茂木は戸惑った。
健市は下を向いて舌打ちした。
「バカが。戻ってきやがって」
「健ちゃん、考え直そう。な、健ちゃん」
「考えたさ。考え抜いた結果これだ。このガキが生かしておいたら、俺は一生、こいつに怯えて暮らさなくちゃならねえ」
「健坊、だめだよ。人を殺めちゃいけない・・・」
「そうだ、他に方法があるはずだよ、健ちゃん」
茂木と玉井は懸命に健市を説得した。
健市に、一線を越えさせたくなかった。
初めは健市を諫めにかかった坂口だったが、健市の真剣な表情を見て、覚悟を決めた。
「わかった、健市」
坂口は茂木に面と向かった。
「慎平、聡、俺たち4人は仲間だ。健市の罪は俺たちの罪。健市の罰は俺たちの罰。そうだろう」
茂木は、言い返す言葉を呑みこんだ。
「このことは墓場まで持っていく。絶対に口を割るな」
健市は、収納袋を穴のなかに投げ入れた。
穴の周囲に盛られた土が、収納袋にかけられた。
スコップで掬われた土の塊りが、二方向から穴に投じられた。
収納袋が徐々に土に覆い隠されていく。
やがて地面の高さまで土が盛られ、穴は完全に埋まった。
さちやが埋まった穴を見つめ、4人はしばらく口を開かなかった。
スコップを支えにして額の汗を拭った玉井が、穴を覆う土の表面に異物があることに気づいて
「あれ、何だ?」
と目を凝らした。
茂木と坂口も、その異物に注目した。
白く細いものが土の中から突きでていた。
「どうした?」
ラクダ岩にもたれかかっていた健市が三人に尋ねた。
「でかい虫か」
「いや、ユビかも」
「えっ? まだ生きてる?」
健市が目にしたものは、さちやの右手の人差し指であった。
「おい!」
健市は玉井からスコップを奪うと、残土を掬い、ユビの上にばら撒いた。
残土がなくなるまで健市はそれを繰り返し、ユビは見えなくなった。
こんもりと膨らんだ土の山を、スコップの裏で均した。
均しながら健市は、坂口に捕獲用の檻を持ってくるよう指図した。
健市が待っていると、坂口たちが錆の浮いた鉄製の檻を運んできた。
三人がかりでやっと運ぶことができる重量級の檻だった。
健市が見守るなか、坂口たちは鉄の檻を、いま埋めたばかりの土の上に置いた。
檻は地面にやや沈みこんだ。
檻の重みによって、たとえ地中に生きた人間がいたとしても、這い出るのは不可能と思われた。
健市は坂口たちの作業を労った。
「ありがとう、大輔、聡、慎平」
4人は肩を抱き合った。
「で、健市。次の手筈は?」
「ああ、考えてある」
しかしこのとき、健市たちは気づかなかった。
白い小さなユビが、再び地表に突きだしていたことを・・・。



