ヒトサシユビの森
笹良川にかかる笹良橋の上に、パトカーが一台停まっていた。
さらに黄色点滅信号の直下にもう一台。
まもなく日の出を迎える明け方であった。
かざねは夜明けまで、行方知れずとなったさちやをひとりで捜し続けた。
だが、見つけることができず、警察に救援を求めた。
信号機の下に停めたパトカーの前で、女性警官の江守がかざねから事情を聴いていた。
江守はメモを取る手をとめて、かざねに言った。
「信号が赤になったので、車を停めたと」
「はい」
かざねは肩を落として、吐息のような返事をした。
「赤信号ねぇ・・・」
そう呟いて、江守は信号機を見あげた。
黄色のランプが、けだるい点滅を繰り返していた。
「本当なんです。赤信号だったんです」
かざねは力を振り絞って、江守に訴えた。
江守は再び、ペンを動かした。
「それで、工事中の立て看板がいくつかあったと」
江守は横断歩道やガードレール周辺を見回した。
「えぇと、いまはありませんね、立て看板」
「あったんです。嘘じゃありません。工事中って書かれた立て看板、あったんです」
「えぇと、じゃあ。その看板には他に、なんと書いてありましたか」
かざねはすぐに答えられなかった。
薄い記憶をたぐり寄せるのに手間取っていると、橋のほうから制服警官がひとり、江守のもとに駆け寄ってきた。
江守は、若い制服警官の安田に声をかけた。
「安田くん、何か見つかった?」
安田は小さく首を横に振った。
かざねのほうに向き直り
「溝端さん。さちやくんですが、何か身につけているものはありませんでしたか」
安田は、かざねの口元が動くのを真剣な眼差しで見つめた。
だが、かざねの口は重かった。
我が子を失うかも知れない不安に押しつぶされそうになっていた。
生真面目な安田は、容赦なくたたみかけた。
「リュックとか帽子とか、服装以外の持ち物で」
しばらく考えこんだかざねは、「あっ」と閃いた。
「あります」
と答え、信号機脇に寄せた自分の車から、ビニール製の変形したフィギュアを取りだした。
それを安田に見せながら
「これ、さちやが大事にしていたものです」
「何ですか、それ?」
「レッドキングです」
「これ以外にもう一体、ウルトラマンが。あ、ウルトラマン、知ってますよね」
「ええ、わかります」
安田は、かざねの話に耳を傾けた。
江守は、当惑した表情で、肩の無線機に指をかける。
「さちやはどこに行くにも、おもちゃをふたつ持っていて。そのひとつが道路に落ちていました」
「じゃあ、さちやくんは、その、ウルトラマンを持っているはずだと・・・」
「はい」
本署との無線連絡を終えた江守が、かざねに言った。
「溝端さん、捜索願、出されますか」
「捜索願ですか・・・。はい・・・」
「では、署まで」
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