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ヒトサシユビの森

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扉を開け放った丸太小屋の入口に立って、健市は忙しなくタバコを吸った。
黒いキャップを目深に被り、玉井が来るのを待った。
玉井がいぶきを下越方面に運ぶため、丸太小屋に来るという時間は過ぎていた。
スマホで玉井を呼びだす。
しかし呼び出し音のすぐあとに、留守番メッセージが流れた。
何度繰り返しても、玉井には繋がらなかった。
「あの野郎、怖気づきやがったか」
健市はタバコを靴底でもみ消し、小屋の中に戻った。
健市は、貯蔵庫の蓋を開けた。
中には、麻袋に押しこめられたいぶきがぐったりしていた。
虚ろな目で、唇に血色がなかった。
健市は棚から注射器を一本、取った。
麻袋のなかに手を突っこみ、いぶきの右腕を掴んだ。
いぶきの右手には、古くなった包帯が依然として巻かれていた。
健市は太い注射針を、いぶきの右前腕に刺した。
注射器の薬液が、いぶきの右腕に注入された。
やや間があって、虚ろないぶきの目が完全に閉じた。
健市は麻袋のなかにいぶきを押しこみ、袋の口をロープで縛った。
麻袋を肩に担ぎ、丸太小屋の外に出た。
小屋のすぐそばに、健市の愛車であるトヨタソアラが停まっていた。
高級セダンでありながら、悪路を余裕で走りこなすスペックがあった。
健市はポケットの中で、車のリモコンキーを押した。
ソアラが反応し、リアハッチのロックが解除された。
健市はソアラのリアハッチを跳ねあげた。
そのとき、林のほうから足音が近づき、人の気配がした。
玉井が遅れて到着したものと、健市は思った。
麻袋を両手に抱えなおして
「遅かったじゃねえか、聡」
と振り返った。
そこにいたのは、玉井ではなかった。
息を切らしたかざねと亮太だった。
髪は乱れ、着衣はかぎ裂きに破れ、ぼろきれのようになっていた。
「誰だ」
健市は一瞬狼狽えた。
「もしかして、かざねか」
亮太が息を整える間もなく、健市に言った。
「蛭間さん、それ、いぶきちゃんじゃないんですか」
「おや、隣にいる色男は、誰かと思ったら、亮太か」
健市は、麻袋を地面に落とした。
「なんでお前たちがここにいる? あ、これは子どものイノシシだ。市場に持っていく」
健市は平然と嘯いた。
「生きてるよな、蛭間さん」
亮太は足を一歩踏みだした。
パチンという音がして、「いてぇ」と亮太が叫んだ。
亮太の足に、リング状のワイヤーが喰いこんでいた。
ワイヤーの端は太い樹に括りつけられており、亮太はそこから身動きできなかった。
「亮太、大丈夫?」
亮太は足を投げだして、地面に座りこんだ。
健市は高笑いした。
「くくり罠にかかった人間を見たのは初めてだ。それ暴れれば暴れるほど締めつけきつくなるぞ」
かざねは怒りに震えた。
健市に向かって猛進した。
健市の足元に転がる麻袋に、姿勢を低くして手を伸ばした。
その瞬間、健市がかざねの腹部を蹴りあげた。
健市に革靴の尖った先が、かざねの鳩尾に食いこんだ。
かざねは後ずさりし、腰砕けに崩れた。
かざねは健市を見あげて、言った。
「いぶきを返して」
健市は不思議そうな顔をして
「いぶきちゃんはお亡くなりになりました。や、殺されました。誰に殺されたのかな」
と笑った。
かざねは、なおも立ちあがろうとした。
健市はかざねの左頬に拳を喰らわせた。
かざねの口から血反吐が吹き飛び、かざねはまたよろよろと地面に倒れた。
健市は拳を見つめて指を伸ばして、手を小刻みに振った。
手の代わりに殴打するものはないかと、健市は小屋の周囲を見た。
小屋の外壁に、使い古された金属バットが立てかけてあった。
健市は片手で金属バットを逆さに持って、柄を振りあげた。
かざねは反撃を試みた。
全身で健市の胸板にぶつかった。
健市はたじろぎもしなかった。
「かざね!」
亮太が叫ぶ。
だが亮太はくくり罠に捕らわれて、身動きできない。
金属バットを振りおろされた。
健市は金属バットを、何度もかざねの身体に叩きつけた。
かざねの額から血が流れだし、防御する腕は痣だらけになった。
健市はかざねの両手首をロープで縛り、小屋まで引きずった。
ロープの端を、小屋の屋根を支える梁に引っかけた。
かざねは丸太小屋のすぐ外で、宙吊りにされた。
爪先こそ地面に届いているが、かざねも身動きできなくなった。
健市がかざねの耳元で囁いた。
「お前がガキなんぞ産むからこうなった。お前にせいだ。俺は悪くない」
健市は地面に放置された麻袋を、車のトランクに放りこんた。
小屋に戻ると、健市は灯油の入ったポリ容器のキャップを外した。
ポリ容器を持ちあげ、灯油を木製のテーブルと床一面に撒いた。
そして入口の外から、火のついたオイルライターを小屋の中に投げ入れた。
炎は、瞬く間に燃え広がった。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん