ヒトサシユビの森
750ccの大型バイクは、かざねを後部に乗せて県道を疾走した。
複数のパトカーのサイレンの音が迫ってきた。
亮太は速度をあげて、法定速度で走る車を追い抜いた。
かざねは、腕を亮太の腰に強く絡めた。
稲山神社の駐車場に通じる側道の分岐点の手前で、亮太はバイクを停めた。
亮太はヘルメットのシールドをあげて、かざねに言った。
「峠道に入ると路面が悪くなるから、しっかり掴まってろ」
バイクは再び走りだした。
稲山神社の駐車場に通じる取付道路の前を通り過ぎ、左右を森林に挟まれた山道を走る。
左手に地蔵を祀った祠が見えたとき、かざねは亮太の背中を小突いた。
「亮太、亮太」
亮太はバイクを停めた。
「どうした?」
「亮太、天狗岳にある山小屋に行くって言ってたよね」
「ああ。写真の背景にあった山小屋が怪しいと思った。調べたけど地図に載ってなくて」
「あたし・・・」
「何?」
「あたし、その山小屋に心当たりがある」
「えっ?」
「12年前、あたし監禁されたことがあって、そこから逃げてきた」
「監禁されたって、マジかよ」
「連れ去られて、監禁されて、レイプされた」
亮太にとって、初めて聞く話だった。
かざねが、祭りの日の直後から自宅に閉じこもってしまったので、亮太は知る術がなかった。
「隙を見て山小屋から逃げ出したの。山のなかを必死で走って、それで出てきたのが、あの祠」
かざねは、地蔵の祠を指した。
祠の脇に、山中に通じる荒れ果てた遊歩道があった。
亮太はバイクを遊歩道に乗り入れた。
山小屋に辿り着くには、かざねの記憶に頼るほかなかった。
12年前の出来事を蒸し返す時間はなかった。
人ですらまともに登れない廃道を、二輪の大型バイクが駆けのぼった。
亮太は暴れるハンドルを押さえこみ、スロットルを調整しながら、バイクを山中に運んだ。
峠道に差しかかった。
眼下に小暮沢のススキ原野が広がる。
遥か先に天狗岳の頂も見えた。
山小屋まで、あと少しと思われた。



