ヒトサシユビの森
「いえ、何も。ドアが開いていたもんで・・・」
「お前、嘘が下手だな」
「えっ?」
「ポストの蓋、開けっ放しだったぞ」
「あちゃ〜」
坂口は壁のスイッチを押して、部屋の照明を点けた。
亮太はスマホを尻ポケットにしまった。
「亮太、お前、俺の周りを嗅ぎまわって、何がしたい?」
「専務、俺はただ・・・」
「ちぇっ、お前には目をかけてやったのに。飼い犬になんとかだな」
「教えてください、専務。何が起きてるんですか?」
「亮太、お前どこまで知ってる?」
「どこまでって、何も知りません」
亮太は軽く恍けてみせた。
「ああ、そうか。あの夜お前、俺たちの話盗み聞きしたのか」
「してませんよ」
「石束署の警察官と密会してるんだってな」
「密会って、あいつは同級生で・・・」
「証拠がないんだろ? だからここへ忍びこんだ。図星だな」
亮太は意を決して、単刀直入に坂口に訊いた。
「専務、なんでさちやを殺したんです?」
坂口は薄笑いを浮かべると、ロッカーから散弾銃を一丁取り出した。
散弾銃に弾をこめながら言った。
「十年以上前になるかな。ちょっとしたお遊びのつもりだった。だがな慢悪く、そいつ腹んじまいやがった」
吐き気に襲われた亮太だが、絞りだすような声で坂口に問うた。
「かざね?」
「そうだ。溝端かざね」
亮太は怒りを露わにして、坂口を睨みつけた。
「ガキをネタに揺すられたんじゃたまらないってんで、ガキを殺した」
「専務、あんた・・・」
「初めは殺すつもりはなかったんだぜ。ブローカーに売り渡す予定だった」
「じゃあ、なぜ」
「健市だよ。健市がブローカーに連絡しなかった」
亮太は目を閉じて、悔しさを滲ませた。
「ガキは4人で生き埋めにした。意外と罪悪感は感じなかったな」
坂口を殴りたい衝動に、亮太は駆られた。
だが堪えた。
坂口との会話が証拠だ。
亮太は尻ポケットにスマホの重みを感じた。
「すると、発見されたあの白骨死体は?」
「ああ、6年前に殺したガキだよ」
「なんで、いぶきに偽装した?」
「そりゃ、かざねに罪を着せるためだろ。他にあるか」
坂口は弾を装填し、散弾銃を軽く構えた。
亮太は慄きながら、問答を続けた。
「いぶきは、いぶきちゃんは無事なのか?」
「ああ、生きてるよ、今はな」
「どこにいる? いぶき、どこにいるんだ?」
「お前バカか。言うわけねえだろ。世間的にはあのガキはもう死んでるんだ。諦めろ」
「いぶきも始末するつもりか」
「いや。ガキを殺すと寝覚めが悪い。だから今度こそブローカーに売り渡す」
そう言うと坂口は、目の前を飛ぶ虫を追い払った。
「いま頃な。仲間が引取りに向かってる頃だ」
「専務、俺はあんたを許さない」
「何ヒーローぶってんだ。お前はここで死ぬんだ」
坂口はもう一度、虫を手で追い払った。
「型式の古い銃は扱いが難しい。素人が触ると簡単に暴発する。しつけえな」
坂口は再度、虫を追い払った。
しかしそれは虫ではなかった。
亮太には見えた。
指だ。
幼い子どもの指が、羽虫の如く飛んでいる。
「ここでお前を射殺しても、なんとでも言い訳がきく。なんせ死体検案するのが、俺たちの仲間だからな」
坂口は散弾銃の銃口を亮太に向けた。
亮太は顔を背け、頭を下げた。
だが、視界に入る。
目の端で虫、いや小さな指の動きを捉えた。
指は、銃口の前で止まった。
かと思うと、吸いこまれるように銃身の奥に消えた。
「悪く思うなよ、亮太」
坂口は引き金を引いた。
亮太は目を閉じた。
死を覚悟した。
しかし何も起こらなかった。
「あれ、おかしいな」
坂口は弾を込めなおして、散弾銃を構えた。
「さらばだ、亮太」
坂口が引き金を引く。
次の瞬間、爆発音がした。
銃声ではなく、耳をつんざく爆発音が、猟友会事務所に響いた。
耳鳴りが収まるのを待って、亮太は薄く目を開けた。
死んでない。
目の前は、火薬の匂いと白い煙が立ちこめていた。
白煙が霧散すると、壁ぎわに血まみれの坂口が立っていた。
全身に金属質の破片を浴び、太いボルトが坂口の喉を貫いていた。
坂口の手から、四分五裂に破壊された散弾銃がこぼれ落ちた。
「ううっ」
と唸ると、坂口の口から多量の血が流れだした。
大きく見開いた坂口の目は、やがて力なく閉じた。



