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ヒトサシユビの森

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5.ヒトサシユビ





昼食を済ませた亮太は会社に戻った。
修理工場に向かう途中、猟友会事務所の階段をのぼる人影に気づいた。
手に冊子を持った郵便配達人だった。
亮太は階段下で郵便配達人を呼びとめた。
「あのぉ、それ・・・」
「あ、これ。定期刊行物です」
「見せてもらっていいですか」
亮太は郵便配達人の手から冊子を奪い取った。
冊子は透明のビニールに包まれており、タイトルが容易に読めた。
「季刊・ハンティング」
狩猟姿の老人ふたりが笑顔で写る写真の表紙だった。
ビニールには白いシールが貼られていた。
そこには坂口建設の住所と坂口の名前、それに会員番号のようなものが記されていた。
「ポストに投函しますので」
郵便配達人が冊子を返すよう、亮太に促したが
「俺が入れときますから」
と亮太は拒み、冊子の表を見続けた。
「じゃあ、お願いしますね」
返してもらうことを諦めた郵便配達人は、亮太に念押しして階段を降りていった。
亮太は猟友会事務所のドアの前に立ち、会員番号の下4桁をテンキーに打ちこんだ。
しばらく待った。
ドアは解錠されなかった。
「ああああ」
亮太は大いに落胆した。
「なんでだよ」
亮太は仕方なく、冊子をドア脇のポストに入れようとポストの蓋を開けた。
冊子をポストに差しこもうとしたとき、蓋の裏に一瞬白いものが見えた。
蓋を全開にしてみると、それはテープで留められた白い紙だった。
白い紙に数字が4つ記されていた。
「もしや・・・」
まさか、と思いつつ、亮太はその番号通りにテンキーを叩いた。
しばらくして、カシャッとロックが外れる音がした。
「やべぇ。セキュリティあまっ」
亮太は失敗続きの遍歴を棚にあげて、解錠できたことを喜んだ。
誰もこちらを見ていないことを確かめて、亮太は猟友会事務所に足を踏み入れた。
暗い。
だが照明を点けることもカーテンを開けることも憚られ、亮太はスマホのライトに頼ることにした。
足元を照らす。
足音を立てないよう慎重に歩く。
ライトで前方を照らした。
シカと目が合った。
二ホンジカの頭部の剥製が壁に飾ってあった。
生きているかのようなリアルさに、亮太は圧倒された。
壁面には何枚かの写真が飾られていた。
坂口を含む猟友会のメンバーの写真だ。
河原でBBQをする4人、天狗岳登頂を祝うかのような4人。
蛭間健市、坂口大輔、玉井聡、茂木慎平。
あの夜、坂口らの話を盗み聞きした日から、亮太の頭には4人の顔と名前がしっかりと刻みこまれた。
壁には山中で撮られたであろう写真もあった。
背景に山小屋のような建物が写っていた。
亮太は立ち止まって、あらためて猟友会事務所に侵入した目的を思い返した。
当初は死んだものとされながら、遺体の見つかっていないさちやを捜すことだった。
天狗岳山中で白骨遺体が発見されたという情報がSNSを駆け巡って、状況が変わった。
世間や警察の見立てでは、その白骨遺体は溝端いぶきだという。
だが、俺の推理は違う。
あの白骨遺体こそがさちやで、誰かがいぶきの遺体であるかのように偽装した。
失踪中のいぶきが生き埋めにされたとなれば、新たな捜査本部が立ちあがる。
これまでの経緯から、母親のかざねに疑惑の目が向けられる。
かざねを陥れ、かざねに殺人の罪を着せる。
それが目的だ。
しかしいくらかざねに恨みがあるとしても、回りくどくないか。
直接いぶきに手を下して、山中で発見されるよう仕向けても、かざねにダメージを与えられる。
なぜ、犯人はさちやの遺体をいぶきに偽装しなければならなかったのか・・・。
その答えが見つかりそうで、見つからない。
でももし俺の推理が間違ってなければ、いぶきは殺されてない。
生きている可能性が大だ。
いぶきはどこにいる?
犯人がいぶきを監禁するとしたら、その場所はどこだ?
亮太は再びスマホのライトを前方に向けた。
顔が浮かびあがった。
シカではなく、坂口だった。
目の前に坂口大輔の顔があった。
写真ではなかった。
「亮太、お前、ここで何してんだ」
凄む坂口に、亮太は一瞬ひるんだ。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん