ヒトサシユビの森
タバコのフィルターに残った唾液の痕跡から抽出されたDNAの鑑定結果が示された。
タバコの銘柄はセブンスター。
DNAの持ち主は、溝端かざねであった。
時を同じくして、かざねが石束まで運転してきたジープも調べられた。
タイヤとリヤマフラーに付着していた泥が、天狗岳の表土と一致したということだった。
それらを証拠として、佐治は裁判所に溝端かざねの逮捕状を請求した。
その事実を聞いた室町は、怒り心頭だった。
直接佐治に電話を入れて、不満をぶつけた。
「ひと言も相談なしに、佐治さん、酷いじゃないですか」
「容疑者を逮捕するのに、他部署の人間に相談する必要ありましたっけ?」
「そんな状況証拠だけで、令状が出るとでも?」
「我々には自信があります」
「言っとくけど、かざねさんにはアリバイがありますからね」
「ああ、病室の前に警察官が張りついてるってヤツね」
「そう。だからかざねさんには犯行は無理なの」
「調べたら警官が張りついてる時間って、捜索が行われている時間ですよね。深夜帯はフリーだ」
「深夜帯の短時間で、あのデカい穴掘れないでしょ」
「共犯者がいれば、可能だ」
「共犯者? バカな。とにかくいますぐ逮捕状の請求を取り下げてちょうだい」
「室町さん。こっちだって労力かけて捜査してるんです。無茶言わないでください」
「そう。これだけお願いしても無理なのね」
「急に物分かりよくなりましたね」
「こちらにも考えがあります」
「またまた。犯人隠避はいけませんよ」
「かざねさんを石束署で拘束します。警察で拘束するんだから逮捕の必要なくなりますよね」
「ちぇっ。やり方が汚ねえぞ」
「お互い様」



