ヒトサシユビの森
ここ数日の間、坂口は本業である建設現場に関わっていなかった。
石束署の協力要請を受け、猟友会としての役目に時間を割いた。
朝早く出かけ夜遅く帰る日々を、坂口は過ごしていた。
亮太が猟友会事務所に忍びこむには、この上ない機会であった。
だがテンキー式のドアロックに入室を阻まれていた。
解錠時の坂口の手の動きから、4桁であることはわかっていた。
誕生日や電話番号、車のナンバーなど思いつく4桁を片っ端から試した。
だが、どれもヒットせず、時間だけが過ぎた。
そんな折である。
溝端いぶきの死体が山中から見つかったという噂が、SNS上を駆け巡った。
亮太は半信半疑ではあったが、かざねの心中を察するといたたまれなかった。
SNSで囁かれている内容をよく読むと、土中に埋められた白骨遺体だという。
亮太はその遺体がいぶきではなく、さちやではないかと直感した。
亮太は電話で安田と会う約束を取りつけた。
前回話し合いを持った喫煙スペースは、マスコミの目につき易いことから敬遠された。
その日、亮太と安田の姿は、石束総合病院の屋上にあった。
干されたシーツが残る屋上の片隅で、亮太は安田に熱弁をふるった。
「言ったよな。4人の男がさちやを埋めたって話」
「ああ聞いた。それで、証拠は掴んだのか」
「それは、まだだ。だけど・・・」
亮太は声を潜めた。
「SNSで出回ってる噂。天狗岳で見つかった白骨遺体」
「SNSの情報を真に受けるな」
「符号するんだ。俺が盗み聞きした話と。その遺体、どう考えてもさちやだぞ」
「公表はしていないがDNA鑑定の結果が出た。白骨遺体は溝端いぶきだ」
「おかしいだろ。1週間やそこらで白骨化するか」
「手の指に関しては、県警の科捜研の鑑定だ。信頼するしかない」
「もし、あの白骨遺体がさちやだとしたら、いぶきがまだ生きている可能性がある」
「さちやちゃんだとしたらな。でも違う」
「ちゃんと調べるように言ってくれ。もしまだいぶきが生きているとしたら捜さないと」
「残念ながらいぶきちゃんはお亡くなりになった。それが警察の見解だ」
「話聞いてんのか、てめえ」
亮太は安田に掴みかかった。
安田は亮太の手を払い退けて
「前にも言ったはずだ。警察は憶測では動かない。証拠を出せとな」
「証拠、証拠。証拠か・・・」
亮太は頭を抱えた。
猟友会事務所に入ることができれば、何か手がかりが見つかるはず。
とわかっていながら、ドアの解錠コードが判らず入室できない己の不甲斐なさを、亮太は恨んだ。



