ヒトサシユビの森
県警の科捜研で、最初に発見された小さな骨が溝端いぶきの右手第二指の中接骨であることが確認された。
つまりいぶきの右手人差し指である。
土中から見つかった白骨遺体の右手人差し指が欠けていたことから、白骨遺体がいぶきであろうと推測された。
推測を裏付けるため、白骨遺体の一部が石束総合病院に送られた。
石束総合病院の副院長茂木慎平が、DNA検査にあたった。
そして、いぶきとのDNA一致率が99.99%であるとの報告を警察に伝えた。
石束署はその情報をどう公表すべきか、苦慮していた。
しかし一部のSNS発信者らは、その情報をどこからか入手していた。
『天狗岳山中で溝端いぶきちゃんの遺体が見つかる』
『いぶきちゃんの母親は、あの溝端かざね』
「いぶきちゃんを殺した犯人は誰なのか』
事件の概要がネット空間から、沁みだすように現実世界へと拡がった。
室町は午前の早い時間に、署長の天馬を伴って石束総合病院を訪れた。
かざねに事件の経緯の説明と、謝罪をするためである。
早朝にも関わらず、病院の玄関前には多数のマスコミ関係者が待ち構えていた。
マスコミの質問をかわし差しだされるマイクを払い退けて、室町と天馬は病院内に入った。
室町らに追いすがるマスコミ陣は、玄関に立つ警備員に阻止された。
室町と天馬は廊下で待機する安田に答礼した。
それから、溝端雪乃が入院している病室に入って行った。
安田は居ても立っても居られず、病室の前で中の様子を窺った。
会話らしきものはほとんどなく、沈黙している時間が長かった。
室町と天馬が病室から出てきた。
沈痛な面持ちだった。
ふたりが去ったあと、すすり泣く声が病室から漏れてきた。
そのすすり泣きは、やがて激しい嗚咽に変った。
安田は病室の扉の前に立って、かざねの悲しみをずっと聞き続けた。
室町と江守が白骨遺体発見現場に戻ると、スーツを着た新たな面子が数名加わっていた。
彼らは、それまでいた石束署の捜査官や職員と、揉めている様子だった。
「石束署の皆さんはお引き取り願おう」
そう声を張りあげたのは、神室署の佐治だった。
6年前、かざねを執拗に取り調べた刑事である。
室町は佐治に詰め寄った。
「どういうことですか、佐治さん」
「どうもこうも、ここは神室署の管轄なんでね」
佐治は片方の口角をあげてニヤついた。
「行方不明者の捜索協力を断ってきたのはそっちでしょ」
「あんたらがもう少し早く見つけていれば、こんなことにならなかった。そうでしょ、室町さん」
室町は返す言葉がなかった。
「この件は、死体遺棄事件として神室署が引き継ぎます」
「石束署を排除するつもり?」
「迷子の子ひとり捜せないんじゃ、ね」
室町は臍を噛んだ。
佐治はポケットからビニールの小袋を取りだして、室町に見せた。
「これ何だか、わかります」
「タバコ・・・」
小袋にタバコの吸い殻が2本入っていた。
「そう。今朝、あのデカい岩の後ろで、うちの刑事が発見しました」
「待って、そこはうちの捜索班が徹底的に調べたところよ」
「そうなんだ。石束署の捜査能力ってやっぱそんなもんなんだ」
室町は佐治の嫌味に辟易した。
「タバコの主が判れば、犯人に近づけます。鑑定の結果はお知らせしますよ」
「神室署に勝手な真似はさせない」
「仲良くしましょうよ、室町さん」
室町は佐治の含み笑いに不穏なものを感じ取った。
「あなた、もしかして・・・」
「やだなぁ。もちろんいぶきちゃんの母親が溝端かざねだってことは知ってますよ」
佐治は室町から少し離れて振り返った。
「母親から事情を聴取するのは、当たり前のことですよね」
「かざねさんはいま、死期の迫っている母親を看病しているの」
「それも知ってます」
「それに彼女は子どもを亡くして傷ついているのよ」
「そうかなぁ」
「かざねさんの事情聴取は石束署が行います」
「それはダメだ」
「どうしてですか」
「室町さん。あなたとかざねは距離が近すぎる」
「関係ない。ちゃんと割り切ってます」
「もし溝端かざねが私の、任意の事情聴取に応じないのであれば・・・」
佐治は室町に近づいて、耳元で囁いた。
「逮捕状を請求します。死体遺棄容疑で」
「なこと、できるわけがない。証拠は?」
「証拠はこれから積みあげます」
と言って佐治はポケットからスマホを取りだした。
病院ロビーでかざねがいぶきを平手打ちする動画を室町に示して、佐治はほくそ笑んだ。



