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ヒトサシユビの森

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ひんやりとした空気に首をすぼめて、かざねは信号機の支柱があるところまで歩いた。
歩行者用の押しボタンがあって、それが誤作動を起こしているのか。
切り替えボタンがありはしないかと、かざねは信号機の支柱をぐるりと一周した。
ところが外部から操作できるようなボタンや箱の類は一切見当たらない。
誰かいますか? と声を出すことも憚られて、かざねがあらためて信号機を見上げた。
なんと、信号機は「黄色の点滅」に変わっていた。
「なんなの、これ・・」
かざねはタバコを地面に落とし、それをハイヒールの先でもみ消した。
背筋をグイと伸ばし車のほうに踵を返した。
眩しいハイビームのライトを手のひらで遮り、車のほうを見た。
助手席側のドアが半分開いていた。
ドアロックを解除する知恵をつけてきたさちやにかざねは近頃、手を焼いていた。
今度もそんなイタズラ心が起きたのだろう、と車に近づいた。
「さちやぁ」
とけだるい声で車内を覗きこむ。
助手席にはだらりと伸びたシートベルトがしなだれかかっていた。
助手席に、さちやはいない。
ヘッドレストに手をかけて後部座席の足元まで調べたが、さちやの影も形もなかった。
まさかひとりで車外へ出て、自分を探しにきた?
ヘッドライトで照らし出されている領域に目を向けた。
だが、さちやの姿はなかった。
いま走ってきた道は、光が届かず暗闇に覆われている。
かざねは大声でさちやの名前を叫んだ。
深い闇の中、かざねの声がこだまする。
さちやからの返事は聴こえない。
耳を澄ませても笹良川のせせらぎ以外、耳に入ってくるものはない。
そのとき闇の中で、ザクっと地面がこすれる音がした。
さちやの名前を呼び、かざねは音の方向に目を凝らした。
しかし何も浮かび上がってこない。
車のダッシュボードから懐中電灯を探し出し、音がした方向に光源を向けた。
ガードレールが白く光った。
いや、たしかあのあたりにも「工事中」の看板があったはず。
かざねは懐中電灯で辺りを広く照らし、工事看板を探しながらゆっくりと歩を進めた。
ガードレールに手が届くところまできたときである。
弾力性のある何かをハイヒールで踏みつけてしまい、かざねはビクっとして立ち止まった。
胸騒ぎを抑えつつ、「何か」から靴底をそっと引き離す。
そして懐中電灯の光でゆっくりと足元を照らした。
ビニール素材のフィギュアであった、
かざねは、そのフィギュアを拾いあげた。
細身のゴジラの形状をした赤い怪獣。
腹の膨らみがヒールの形にへこんでいる。
それはさちやがどこに行くにも手放したことのない、レッドキングだった。
かざねはパニックに陥った。
懐中電灯のライトが四方八方に散った。
ライトに浮かびあがるのは、アスファルトの地面。
白い無機質なガードレール。山肌の樹木、そして森。
さちやは見当たらない。
さちやの痕跡が見つけられない。
信号機のある交差点に転じれば、点滅する黄色信号が暗闇に滲んでいる。
かざねは懐中電灯を消して、夜の闇に向かってさちやの名を叫んだ。
そして耳をすます。
さちやからの返事はない。
かざねは狂ったようにさちやの名を何度も叫び続けた。
「さちやぁぁぁぁぁぁ!」
返事はなかった。
ただ、こだまとなった自分の声だけが、空しく返ってくるばかりだった。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん