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ヒトサシユビの森

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天狗岳の捜索は難航した。
複雑な地形と原生林のような深い森。
坂口による安全確認がなされとはいえ、捜索班は野鳥の羽ばたきにすら足がすくんだ。
初めの3日間は成果がなかった。
室町らに焦りの色が見え始めた4日目に、天馬署長から朗報が届いた。
警察犬の導入だ。
天馬が粘り強く県警本部に掛けあってくれたらしい。
訓練士に連れられて吊り橋を渡ってくる警察犬を見て、室町は捜査の進展を確信した。
警察犬は橋からブナの木の根元まで、順調にいぶきの匂いを辿った。
しかしブナの木の下で、警察犬は匂いを見失ったかのように四方に足を踏みだしながら立ち止まった。
「どうしたの?」
「時間が経ちすぎているか、他の動物に匂いにかき消されたか」
「でも、いぶきちゃんの匂いは嗅ぎとったのよね」
「はい」
「範囲を広げてお願いできるかしら」
「わかりました」
警察犬の嗅覚が捜索の拠り所となった。
警察犬は森のなかを彷徨うように、断片的に残るいぶきの痕跡を追い求めた。
訓練士と江守、それに体格の良い交通課の白バイ隊員の3人が警察犬に随行した。
深い樹林が途切れて、木々に囲まれた拓けた原地に出たときだった。
警察犬が頭を低くして、地面に向かって激しく吠えたてた。
「警察犬が何か見つけたようです」
江守から無線報告を受けた室町は、現場に駆けつけた。
樹林を抜けて木立のない拓けた土地に出ると、江守が地面を見つめて立っていた。
「何か見つかった?」
「室町課長、これを・・・」
小さな白いものが半分地面に埋まっていた。
江守にその状況の写真を撮らせると、室町は手袋をはめてその白いものを摘まみだした。
「何だと思う?」
室町は白バイ隊員に訊いてみた。
「何かの骨のようですね」
無線を聞いた数名の捜索班も現場に集まってきた。
彼等とともに、遅れて坂口も現場にやってきた。
「いぶきちゃんの手がかりですか?」
室町は首を横に振った。
「まだわからない。小動物の骨かも。とにかくこれ、鑑定に回して」
室町はビニールの小袋に入れた骨のようなものを、白バイ隊員に差しだした。
白バイ隊員は室町からビニール袋を預かるため、一歩足を前へ踏み出した。
白バイ隊員の態勢が、前のめりに崩れた。
二歩目を出す前に、白バイ隊員は足元を見た。
登山ブーツが数センチ、地面にめり込んでいた。
違和感を覚えた白バイ隊員は、いったん足を引いた。
積もった雪の上を歩いたかのように、ブーツの足跡がくっきりと地面に残っていた。
「どうかした?」
「いや、ちょっと・・・」
白バイ隊員はしゃがみ込んで地面の土を触った。
さらに、周囲の地面の土を手のひらに攫った。
「こっちと硬さが違う。柔らかい」
「どういうこと?」
江守も膝を折って、土に触れた。
「土の色も微妙に違います」
江守は、白バイ隊員が柔らかいと言ったほうの地面に、警棒を突きさした。
江守がさほど力を入れずとも、警棒はその長さの半分が地中に隠れた。
その光景に、現場にいた誰もが息を呑んだ。
江守が言った。
「この下に、何か埋まっているような気がします」
室町の号令で、捜索班全員が現場に集められた。
天狗岳での捜索が始まって、初めての手がかりである。
捜索班は色めきたった。
骨のようなものが発見された場所は、最近掘り返されて埋め戻されたとものと推測された。
手始めに、地質の硬いところと柔らかいところの境界が見定められた。
畳2枚分ほどの地面が方形に掘られたようだった。
その場所を掘り返すことを、室町は決定した。
本部の決済や応援を待つ余裕はなかった。
しかし捜索班の中で、地面を掘る道具を持つ者はわずかしかいなかった。
仕方なく、携帯用のシャベルを持つ少ない人数で、穴掘り作業が始まった。
白バイ隊員は、ビニールの小袋を携えて快足で下山した。
「手のすいてる者は、周辺を徹底的に調べて」
室町の指示が飛んだ。
穴掘り作業以外の捜索班は、勢いこんで樹林のなかに消えていった。
現場がヒートアップするなか、坂口だけはラクダ岩にもたれて、他人事のように彼らを眺めていた。
しかしながら、穴掘り作業は遅々として進まなかった。
携帯用のシャベルでは、掬える土の量がしれていた。
「もっと大きなスコップでもあれば・・・」
室町が呟いた。
「ちょっと探してきます」
江守が動いた。
「江守、単独行動は危ないわ」
江守は歩を停めた。
坂口が腰をあげた。
「私がお供しますよ」
坂口はライフル銃を肩に掛けなおした。
室町は坂口に笑顔を見せた。
「なら安心ね。お願いするわ」

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん