ヒトサシユビの森
風船が木に引っかかっている。
それをもって、いぶきが天狗岳にいる証拠になるのか、石束署内で議論になった。
江守の撮った写真を見て、老朽化した吊り橋を問題視する者もいた。
会議室に石束署署長の天馬が入ってきた。
「協力要請を断られた」
「何ですって」
室町は甲高い叫び声をあげた。
「辺鄙なところだしクマも出る。神室署の署員を危険に晒せない、と」
「子どもに命がかかってるんですよ。協力拒否はあり得ない」
江守も憤慨した。
「立ち入りは認めるから好きにやってくれ、だと」
会議室にいた数名の捜査員が席を立ち始めた。
「どこへ行くの?」
「仕事に戻ります」
「いや、こっちも仕事だけど」
「迷子の捜索は生活安全課の仕事でしょ」
「本来の刑事課の仕事に戻ります」
「待って」
「室町さんも早く、刑事課の現場に戻ってきてください」
「何言ってるの?」
「室町さんの頼みだから動いてましたけど・・・」
「生活安全課さんの尻拭いはもういい加減・・・」
口を滑らせた捜査員は、続きの言葉を呑みこんだ
天馬がホワイトボードをパシッと叩いて黙らせた。
江守は、捜査員たちを睨みつけた。
その捜査員たちは口を噤んだまま、そそくさと退出した。
天馬は残った者らを見渡して言った。
「溝端いぶきちゃんの捜索は人員を縮小する。刑事課の諸君はご苦労だった」
「署長・・・」
「室町くん、2日間の稲荷山の捜索で、皆疲れているんだ」
「72時間が迫っています。早く見つけないと」
「わかってる。こういうこともあろうかと、役所の技術部に橋を安全に渡れるようお願いしてきた」
「署長、いつの間に・・・」
「それから、クマ対策だな。石束に猟友会があるのを知ってるか」
「ええ。たしか代表が蛭間県議から息子の健市さんに代わったのは知ってます」
「そう、その健市さんが町議の仕事や道の駅で多忙だから、いまは坂口建設の次男坊が取り仕切ってる」
「ということは・・・」
「天狗岳の捜索に協力してくれるよう、坂口の倅に依頼した」



