ヒトサシユビの森
森の樹木が、ランタンの灯りにぼんやり浮かぶ。
聞き違いか。
誰もがそう思ったとき、玉井が腰を抜かして地面に尻もちをついた。
「あ、あれ・・・」
玉井がアラカシの太い幹を指さした。
窪地から立ちあがって玉井の指さす方向を見た茂木は、驚愕した。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
と数珠を握って経を唱えた。
ラクダ岩に寄りかかっていた健市と坂口には、それが見えなかった。
「どうした、聡?」
玉井と茂木が見たものは、いぶきであった。
いぶきは、傍に牡鹿を伴っていた。
牡鹿はゆっくりと踵を返して、森のなかに消え入った。
いぶきも牡鹿に後を追うように、暗闇に溶けた。
玉井は暫く口がきけなかった。
蒼ざめた茂木と顔を合わせて、ようやく言った。
「見たよな、慎平?」
茂木はしゃがみこんで、経を唱え続けていた。
「だから、何を見たんだ?」
「幽霊・・・。きっとさちやの亡霊・・・」
「ユーレイ?」
健市の表情筋が引きつった。
「なもん、いるわけねえじゃないか」
坂口は笑い飛ばした。
「いたんだよ、確かに。子どもが・・・」
「じゃあ、とっ捕まえてこい。慎平、お前もだ」
茂木は足を震わせて、窪地から這い出してきた。
玉井は中腰のまま、ズボンの土を払った。
「待て」
と健市が、動き出す玉井と茂木を呼び留めた。
「ライフル銃を取ってくる」
「えっ?」
茂木の心配性な一面が顔を覗かせた。
「クマ除けだ。丸腰じゃ襲われたとき危ないだろ」
健市はそう言うと、丸太小屋のほうに向かった。
「相手が幽霊だったら無駄だけどな」
皮肉を言い残して、坂口もランタンを手に健市の後をついていった。
健市に追いついた坂口は、丸太小屋のドアの鍵穴にキーを差しこみドアを開けた。
持っていたLEDランタンを天井の梁に吊るすと、棚からカギ束を取りテーブルの上に置いた。
カギ束の中から目的のものを選びだした健市と坂口は、それぞれ大小のロッカーの扉を開いた。
背の高いロッカーには、ライフル銃が収納されていた。
小型のロッカーには銃弾の箱が収められていた。
健市がロッカーからライフル銃を取りだし、ストラップを肩にかけた。
肩慣らしに、ライフル銃の銃口をドアのほうに向けて構えた。
すると、ドアの前に子どもが立っていた。
健市はうっと喉を詰まらせた。
銃弾の箱の封を切るために自前のナイフを取りだした坂口に
「大輔・・・」
と声を絞り出した。
子どもは果たして、いぶきであった。
「見えるか、あの子ども」
いぶきは健市を指さして
「ウーターマン」
と言った。
いぶきの声は、坂口にも聞こえた。
坂口は「ああ」と生返事して、いぶきを見た。
足はあるし、透けてもいない。
生身の人間の子どもに見えた。
いぶきはもう一度健市を指して「ウーターマン」と口走った。
健市がウルトラマン俳優にでも似てるのだろうか。
坂口は一瞬そんな推察をしてみたが、健市は主役を張れる役者顔ではなかった。
健市はライフル銃を構えたまま、顔を強張らせて突っ立っていた。
健市の背後にある棚の上に、それはあった。
ソフトビニール製のウルトラマンのフィギュアである。
両手を前後に突きだして、戦闘態勢を取っている。
健市は背後の棚を振り返って、それを見た。
「ウルトラマン・・・」
坂口は思いだした。
道の駅にいた子どもだ。
檀上の健市を指さしていた子だ。
坂口は冷静さを取り戻して、いぶきに言った。
「君はウルトラマンが好きなの?」
「うん」
といぶきは元気よく返事をした。
「じゃあ、この人形もかな」
坂口は棚のフィギュアをテーブルの上に置いた。
「うん、ウーターマン」
「このウルトラマン、欲しい?」
「うん」
「じゃあ、プレゼントしてあげるから、こっちへおいで」
坂口はいぶきを手招きした。
いぶきは小屋のなかに入り、テーブルに近づいた。
「君、自分のお名前言えるかな」
「うん、ぼく、みぞばたいぶき」
いぶきがウルトラマンに触れようとしたとき、坂口の太い腕がいぶきの首に巻きついた。
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