ヒトサシユビの森
地面から大きく迫りだした岩の上で、オイルのランタンの灯が揺れている。
枯葉や小枝を取り払って、土が剥きだしになった地面の四隅に、LEDのランタンが置かれた。
ランタンは何もない地面と、周囲の森を照らした。
その地面にスコップを突き立てる者がいた。
坂口だ。
坂口の隣では、玉井がスコップの縁に足をかけ体重を載せる。
さらにふたりに対面して、茂木が土を掘り返していた。
「6年経って掘り返すとはね」
「確かに、死んだことは確認してなかった。とは言え」
「もし遺体がなかったら、どうする?」
「あるに決まってるだろ。健市みたいなこと言うな」
坂口のスコップが深く土にめりこんだ。
その様子を見て、茂木が顔を曇らせた。
「大輔、慎重に。遺体を傷つけないように慎重にお願いします」
「ああ、わかってる。だから広めに掘ってる」
地面から1メートル近く掘り進んだ。
大きな窪地が形成された。
しかし遺体に行き当たらない。
三人はスコップを持つ手を休めた。
窪地から這い出て、しばし休息した。
「本当にここだったよな」
「ラクダ岩の端から人ふたり分」
「あれが目印だから、間違ってはいないな」
坂口はランタンの灯が揺れるラクダ岩を見た。
「しかし、ガキの死体を堀り返して、どうする気だ、健ちゃんは?」
「安心したいだけなんだろう」
「健坊って、ああ見えて、意外とビビりなとこあるよね」
「肝心のご本人が遅刻かよ」
林の中から咳払いがした。
健市が闇の中から姿を現した。
「俺の悪口はそこまでだ」
坂口と茂木が笑った。
「遅かったな、健市」
「すまんすまん」
健市は坂口らを労って、掘り進んだ窪地を見おろした。
「見つかりそうか」
玉井が慌てて、窪地に飛びこんだ。
「まだ、もう少し掘ってみて・・・」
玉井が力を込めて、土中にスコップを挿しこんだ。
「あっ」
スコップの先が何かに触れたように感じて、玉井が声を発した。
玉井は、スコップを小さなシャベルに持ちかえた。
シャベルで堀り進めると、土の中に白いものを見つけた。
「慎平、これ・・・」
茂木はポケットから取りだした数珠を右手首に通して、玉井を引き継ぐべく窪地に降りた。
白いものの周囲の土を注意深く取り除く。
それは硬くて湾曲していた。
「ヒトの骨だ」
さらに茂木が周りの土を掻きだすと、白い頭骸骨が露わになった。
成人のそれより、ふた回り小さかった。
健市は窪地の縁に立って、頭蓋骨を見おろした。
坂口が健市に近づいて、言った。
「納得したか、健市。ガキは死んでる」
健市は黙っていた。
そして絞りだすように口を開いた。
「申し訳ないが、全部掘りだしてくれ」
「全部?」
「ああ、全部の骨を」
言い出したら聞かない健市の性格を熟知している坂口と玉井は、渋々作業にとりかかった。
茂木は職業柄、白骨遺体に興味があったので、端からそうするつもりでいた。
数珠を手に持ち、遺体が埋まっているであろう土中に向かって、合掌した。
作業は茂木が主導して、手際よく進められた。
頭骨、胸骨、肩甲骨、背骨、骨盤、大腿骨。
掘った地面の上に、人の骨が人の形に並べられた。
茂木が手骨のひとつひとつを調べていくうちに、気づいたことがあった。
「足りない」
「何が?」
「大輔、聡、掘り返した土の中を探してくれないか」
「だから、何を?」
穴から出ていた玉井が面倒くさそうに言った。
「人差し指」
「なにユビ?」
「右手の人差し指」
茂木が少しボリュームをあげて答えた。
すると、どこからか
「ヒトサシユビ?」
という声が聞こえた。
甲高い子どもの声だった。
4人の男は、反射的に声のするほうに視線を向けた。



