ヒトサシユビの森
「石束署は先程、現在行方不明で捜索中の子どもの氏名を公表しました。名前は溝端いぶき、5歳。特徴は・・・」
カーラジオからニュースが流れた。
江守はハンドルを操作しながら、ラジオの周波数をチューニングした。
「公開捜査に切り替えたんですね。助かります」
「SNSが騒がしくなってきたからって、署長が言ってた」
室町を乗せた警察のセドリックが着いたのは、稲山神社の駐車場だった。
駐車場には、防犯カメラが一台設置されていた。
果たしてそれが機能しているのか、見た目では判断がつかない。
車を降りた室町は、社殿に続く石段を登って、稲山神社の宮司を訪ねた。
宮司の話では駐車場の防犯カメラは稼働しており、その映像は社務所で再生できるとのことだった。
室町は、無線で画像班を呼び寄せた。
社務所で録画データをUSBにコピーさせてもらい、機材車の中で映像を確認した。
モノクロの粗い映像であったが、画像班はいぶきらしき子どもを映像のなかに見つけた。
「室町さん、この子じゃないでしょうか」
映像の子どもは、手に風船を持って歩いていた。
「室町さん、」
江守が画像にくぎ付けになっている室町に言った。
「これいつの映像?」
「ええと、10時15分。ですからいまから約4時間ほど前」
「どっちに向かって歩いてる?」
「これでいうと、神社の本殿のほうですね」
室町は稲山神社の宮司に
「風船を持った小さな子どもに心当たりは?」
と尋ねたが、宮司は済まなさそうに首を横に振った。
間代田で捜索にあたっていた人員が稲山神社に集められた。
室町は宮司に、相当数の警官が境内に立ち入ることを断って、神社とその周辺の森林の捜索に着手した。
稲荷山が映りこむ地図を、室町はあらためて見てみた。
稲荷山にある建築物といえば、稲山神社だけである。
いぶきにもし何か目的があって稲荷山を目指したとすれば、稲山神社しかないのではないか。
室町は、部下や捜索協力者たちに対して、稲山神社の徹底的な捜索を指示した。
捜索の様子を見守りながら、室町は境内の隅で、江守に尋ねた。
「どう思う、江守。いぶきちゃんがひとりでここまで来れるかしら」
「と言いますと?」
「誰かに連れて来られた、もしくは誰かがいぶきちゃんを誘導している可能性は?」
「だとすると、いったい誰が?」
「それがわからない」
「農婦の話でも、神社の駐車場の映像でも、いぶきちゃんはひとりでした」
「そうよね。誰かが接触してきた気配はない」
室町の推理はすぐに行き詰まった。
「いぶきちゃんは、一度もここへ来たことがない土地なのよ。なのに・・・」
「私もそれ、不思議に思っています」
室町は、雑木林や社殿周りを捜索する大勢の警官やボランティアらを眺めて吐息をついた。
「いぶきちゃんはきっとの神社のどこかにいるって、皆に大見得を切ってしまったけど、大丈夫かしら」
「稲荷山には稲山神社しかありません。きっとここです」
「だといいけど・・・」
いぶきが見つからないまま、稲荷山は日没を迎えようとしていた。



