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ヒトサシユビの森

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石束総合病院に着いたら一番に安田に電話すると約束していたが、亮太は電話をしなかった。
タクシーを降りると、正面玄関から病院に入り、受付に向かった。
受付で亮太は、溝端雪乃が入院しているか尋ねた。
受付の職員は、雪乃は入院はしているが、面会はできないと亮太に告げた。
亮太が、雪乃が入院している病室番号を尋ねると、ご家族の方ですか、訊き返された。
亮太は一瞬躊躇して、「はい」と答えた。
亮太の表情を訝りながらも、受付は亮太に病室番号を教えた。
エレベーターが2階に着いた。
扉が開くと、薄暗い廊下が突き当りの病室まで伸びていた。
おそらく正面の部屋が雪乃の病室だろうと、亮太はエレベーターから降りた。
亮太は、雪乃との出会いを憶えていた。
雪乃が駆るパジェロと、亮太のバイクが偶然信号待ちで並んだときだった。
重低音を響かせる亮太のバイクの排気音を、「カッコいい」と雪乃が車の窓から亮太に言った。
石束でそんなことを言うのは、雪乃くらいだった。
廊下のベンチに座っていた人影が不意に動いた。
安田であった。
昨日まで江守がいた場所に、替わって安田が連絡係として待機していた。
制服の上にコートを羽織っていた。
連絡もよこさないで現れた亮太に、安田は小さく舌打ちして立ちあがった。
亮太は、安田が雪乃の病室の傍にいることに驚いた。
「安田? お前なんでここに?」
「久しぶりに会った挨拶がそれか。仕事だ」
「何の?」
「言う必要はない」
「そこ、溝端雪乃の病室だよな」
「ああ、そうだ」
「かざね、中にいるのか」
「なんで訊く?」
「なんか俺、警戒されてる?」
「そんなことより話があるんだろ。仕事中だから手短に頼む」

話をするにあたって、亮太は人がいない静かな場所を希望した。
しかしの診療時間中の大病院にそのような場所はなく、ふたりは屋外の喫煙スペースに移動した。
そこは植栽が適度に目隠しになっており、偶々無人であった。
「さちやのことなんだけど」
亮太がおもむろに切りだした。
「さちや? 溝端さちやか」
「まだ見つかってないんだろ」
「ああ、見つかってない。調べ尽くしたが、見つかってない」
「十分探したんだろうな、さちやのこと」
「決まってるだろ。それとも山本、お前何か情報でも持っているのか」
「情報っていうか・・・」
亮太は口ごもった。
「何だよ。こっちも忙しいんだ」
亮太は実名を伏せて、昨日猟友会事務所の階段下で偶然耳にしたことを、かいつまんで安田に話した。
安田は溜息をついて、亮太を見つめ返した。
「そんなつまらん冗談を聞かせるために、僕に会いにきたのか」
「冗談なんかじゃない」
「じゃあ、その事務所に誰がいたのか言ってみろよ」
「・・・蛭間、健市」
「おいおい、蛭間さんが? 石束の為に道の駅を作ってくれた蛭間議員が?」
「判らないよう、変装してた」
「お前、蛭間先生に何か恨みでもあるのか」
「なものはない。ただ、さちやちゃんの行方を知りたいだけだ」
「あのなあ山本、情報ってのは確かな裏付けがあってなんぼだ」
「確かな裏付け?」
「ああ、証拠だよ、証拠。お前が盗み聞きしたような話、警察は真面目に取り合わない」
「証拠って、何が要る?」
「証拠っていうのはな、遺体とか凶器とか、或いはそういうものがある場所を示す写真なり地図の類」
「写真? 地図? そういうものがあればいいんだな」
安田は、亮太の知性の無さに呆れて閉口した。
安田のコートの内ポケットで、連絡用携帯電話が鳴動した。
安田は亮太に背を向けて、電話を受けた。
「そうですか・・・。了解しました。それでは私はもう少し病院に詰めています」
安田は通話を終えると、雪乃の病室がある建物の2階あたりを見あげた。
「どうかしたのか、安田」
安田は返答をやや渋ったが、亮太が昔かざねと付き合いがあったことを知ってので
「かざねさんの息子さんが」
と、警察がいぶきの足取りを追っていることを伝えた。
「いぶきちゃんはもうすぐ見つかるから、山本は心配するな」
亮太は昨日、道の駅で警察官から、いぶきの顔写真を見せられたことを思いだした。
その顔写真にさちやの面影が重なった。
「何が起きているんだ?」
亮太の心がざわついた。
喫煙スペースでの亮太と安田のやり取りを、遠くから見つめる視線があった。
副院長室の窓越しに、茂木が眼鏡の奥から無表情で、ふたりの様子を見ていた。

作品名:ヒトサシユビの森 作家名:椿じゅん