ヒトサシユビの森
東の空が白み始めた夜明け前に、いぶきの捜索は再開された。
駅前のパーキングや建物の間の路地、道路脇の草むら、公園のすべり台、スーパーのゴミ箱、田んぼの藁山。
警察官のほか、役場の職員や消防署員など100人近い人員が捜索に加わった。
相当数の人員が室町の呼びかけに応えた。
彼女の人望がなせる業だった。
人数をかけて一気に発見、もしくは手がかりを得る。
室町はそう目論んだが、思惑通りに事は進まなかった。
夜が明けると、本格的に聞き込みも始まった。
本来迷子捜しなどに駆り出されるはずもない私服警官たちが、いぶきの目撃者を捜して町を駆けまわった。
民家や店先に設置された防犯カメラの映像のチェックも、同時進行で行われた。
この時点で石束署は、一般市民に捜索の協力を得ることはしていない。
しかし通勤通学が始まる頃には、何か重大な事件が起きたのではないかという噂が町に広がり始めた。
ローカルメディアも、ただならぬ警察の動きを嗅ぎつけた。
そこで石束署は仕方なくかざねの承諾を得て、5歳の男児が道の駅から行方不明になった事実を公表した。
氏名などの詳細は控えた。
石束は、殺人事件などとは無縁なのどかな田舎町である。
それが、6年前に起きたさちやの失踪は、マスコミを賑わす大きな事件に発展した。
SNSまでもが、疑惑の母親と煽りたてた。
かざねの嫌疑は当時、不起訴になり不問とされたが、不起訴理由を石束警察署は公表しなかった。
そのため、未だにかざねが子どもを橋から川に突き落としたのだろうと思いこんでる市民が少なくない。
石束は田舎町だけあって、何かと人と人の繋がりが濃い側面があった。
誰と誰が結婚するとか、どこに家に子どもが産まれたとかの情報はネットより早く伝わる。
そのような状況下でかざねの氏名が公表されば、嫌悪の感情が再び市民の間に湧くことは火を見るより明らかである。
いくら警察がかざねの存在を隠したところで、いずれは人々の話頭にのぼることになる。
氏名など詳細を伏せたことは、余計なノイズを生まないための、時間稼ぎでしかなかった。
いぶきの捜索が再開されて5時間が経過した。
捜索は道の駅を中心に、石束の市街地全体に拡大されたが、芳しい結果は得られなかった。
室町が頭を抱えていると、思わぬ場所からいぶきの情報が舞いこんだ。
それは石束駅から直線距離にして十数キロ離れた、間代田という農村地区での目撃情報だった。
駐在所の巡査が、早朝に畑仕事をしていた農婦から聞いた話として、室町に伝わった。
目撃談によると、いぶきは早朝の農道を、ひとりで歩いていたそうだ。
近所では見ない顔の子どもだったので
「坊や、お母さんは?」
と農婦が尋ねた。
いぶきは
「いるよ」
と答えた。
「どこに行くんだい?」
農婦は問を重ねた。
するといぶきは、あっけらかんと
「ウーターマン」
と答えたという。
ウーターマン? と、農婦は理解に苦しんだ。
だが、おそらく実家の家族を訪ねてきた町の子だろうと思い、そのまま放置した。
そのときいぶきは、オレンジ色の風船を手に持っていたそうである。
「あの風船、やっぱりいぶきちゃんが持っていたのね」
室町は、防犯カメラ映像に映っていた風船を思いだした。
そして農婦が会話を交わした少年が、溝端いぶきであると確信した。
「でも、どうやって間代田まで?」
江守が疑問を口にした。
5歳の子どもが20キロ近い距離を歩いたのか。
しかも夜中に。
それとも誰かの車に便乗して移動したか。
疑問を抱えながら、室町は江守を伴って、間代田に向かった。



