ヒトサシユビの森
坂口建設の社員寮に帰りついた亮太は、眠れぬ夜を過ごしていた。
シャワーを浴びて、機械油にまみれた体を洗ってさっぱりしたが、もやもやは晴れなかった。
布団に潜りこんでも、頭のなかに猟友会事務所で盗み聞きした密談が思い出されて、寝つけなかった。
断片的に聞こえてきた会話であるものの、さちやというワードがどうしても引っかかった。
『さちやって子はもう死んでるよ』
石束町の人々の多くは、さちやはもう亡くなったものと思っている。
世間一般の認識の話をしているのか。
それとも
『俺たち4人で土をかけたろ』
に繋がってくるのか。
だとしたら、俺はなんて馬鹿野郎なんだ。
殺人犯の下で、へこへこ働いていたなんて。
そして、6年前のあの日のことを思いださずにいられなかった。
6年前、世間の人々は口には出さずとも、かざねがさちやを手にかけたと思いこんでいた。
殺人容疑で逮捕され、それが不起訴になって、かざねが石束署から出てきたとき。
世間の風潮に毒されていたのか、俺はかざねの無実を心から信じることができなかった。
かざねはそんな俺の胸の内を見透かしていた。
「お前、やってないよな」
と声をかけた俺に、かざねは諦めたかのように微笑んだ。
俺はきっと情けない顔をしていたに違いない。
俺もこの町ではよそ者だから、お前の気持ちはよくわかる。
世界中が敵にまわろうが、俺はお前の味方だから。
いつもそう言っていたのに、いざという時に、腰抜けの役立たずだ。
さちやの父親になる資格なんてないのかもしれない。
でも子どもには母親だけでなく、父親も必要なんだ。
母親と父親が揃っている家庭のほうが、まともに育つ。
俺だから、わかる。
だから、さちやが行方不明と聞いたときはショックだった。
不器用なかざねが、ほぼひとりでさちやを5歳になるまで育てた。
子育てがどれほど大変なものか、俺にはわからないけど、かざねがさちやを愛してたのは知っている。
かざねの気持ちを考えると、いたたまれなかった。
まして、そんなかざねがさちやを殺すなど、あり得るはずがない。
そう、思っていたのに・・・。
いま俺にできることがあるとすれば、さちやがどこにいるのか明らかにすることじゃないだろうか。
あの日のかざねに報いるためには、それしかない。
つらい結果になるかもしれない。
もしかざねが無実であることの決定的な証拠が出たら、世間のかざねに対する目も変わるかもしれない。
やるしかない。
さちやのためにも。
カーテンの隙間から見える漆黒の夜空が、淡い藍色を帯び始めた。
亮太は一睡もしないまま、朝を迎えた。



