ヒトサシユビの森
よく晴れた昼下がり、のどかな田園風景のなかに、室町たちはいた。
間代田地区である。
間代田は稲荷山の麓に広がる農村地帯だ。
見渡す限り平坦な耕作地が広がり、ぽつりぽつりと数軒の民家が点在する。
そのうちの一軒の農家を、室町は江守とともに訪れた。
家人の農婦が玄関に現れ、室町に応対した。
室町は、溝端いぶきの顔写真を農婦に見せた。
農婦は神妙な面持ちで頷いた。
「涼しい顔して歩いとったからね。まさか迷子だとは・・・」
「それでその子、どちらの方向に?」
室町の問いに農婦は、玄関先から数歩進んで
「こっちから来てあっちだから・・・山のほうかしらね」
稲荷山を指さした。
「山のほう?」
江守は間代田地区の地図帳を広げ、室町に見せた。
間代田を貫く農道をまっすぐ行くと、県道に突きあたる。
その県道から分岐している側道のひとつは、稲荷山に通じていた。
「稲荷山に?」
石束の市街地から間代田地区まで徒歩で移動するのも難儀なのに、さらに山を登るつもりか。
室町は、いぶきの行動が読めなかった。
普段は事件どころか交通事故すら起こらない平穏な間代田地区に、パトカーや警察車両が集結し始めた。
石束の市街地でいぶきを捜索していた人員も集まってきた。
室町は稲荷山が載っている地図を開いた。
稲荷山の山中にある建物といえば、稲山神社だけであった。
「この辺りの捜索は彼らに任せて、私たちは稲山神社に先回りしましょう。無駄足になるかもしれないけど」
室町と江守は車で、間代田から稲山神社のある稲荷山に向かった。
その車の中から、室町は病院にいるであろうかざねに電話した。
かざねは病室の窓際へと歩きながら、電話を受けた。
「かざねさん、いぶきちゃんらしき子どもを見たという人に会って話を聞きました」
かざねは息を呑んだ。
「目撃された子ども、いぶきちゃんに間違いなさそう。元気にひとりで歩いてたらしい」
かざねは安堵しつつ
「あの子、ほんとに・・・」
と呟くように応えた。
「もうすぐ見つけられると思う」
「ありがとうございます、室町さん」
「かざねさん、こちらへ来られる? 車で1時間くらいのところなんだけど」
「行きたい気持ちはあるんですけど、母がまた目を覚ましたらと思うと・・・」
「そうね。いぶきちゃんは私が病院に連れて行きます」
「迷惑かけて、ごめんなさい」
「いいの。ところでかざねさん、訊きたいことがあるんだけど」
「何でしょう?」
「いぶきちゃんと石束に来たことはあった?」
「いえ、ありません。いぶき、石束に来たの初めてです」
「石束の話をしたことは?」
「いぶきに石束の話をしたことは、一度もありません」
「稲山神社のことも」
「はい」



